人通りの少ない路地裏を走る青年。
時々彼は物陰に身を隠すと
「クソッ、どこに行った!」
「探せ! 殺せ!」
そう叫びながら走り去る集団が。
(やり過ごせたか…よし、今のうちに)
彼らの目を盗みつつ、青年はゆっくりその場を去ろうとする。
瞬間、彼は後ろへ飛び退いた。彼の頭があった位置を掠めた一筋は
ドスッ 「ぐぅぅっ…」
青年の足へと命中した。出血する足を抑えつつ、警戒しながらその場を離れようとするが
「どこへ行く気だ、裏切り者め。」 「!!」
背後からかかる声。そこには撒いたはずの黒服の男たちがいた。
「俺は人の役に立つと聞いてアンタらに着いたんだ! こんなの俺がやりたかったことじゃない」
「言ったかな、そんなこと。望み通りになることを保証するとは言ったがな。」
「…騙してた、という訳か。」
そう悔しそうに呟きつつ、出血する足を抑えながら周囲の様子を伺う。
「さて、死ぬ前に一つ答えてもらおうか…お前、誰かと連絡を取っていたな?」
「それもお見通しだったわけか。」
「さぁ、誰なのか答えてもらおうか。場合によっては…」 「どうなるの?」
男の言葉に割り込む子供の声。その方を見れば、空色のパーカーを着た少女が彼を見上げる。
その様子を見て男はニヤリと笑う。
「お前の命がない」
「…ふぅん、そうなんだ」
そう言って少女を持ち上げると、男は拳銃を少女の頭に突きつけ…
直後、黒服の男は脇腹を抑え膝をついて崩れ落ちた。少女は彼を振り返ると
「予備の拳銃、盗りやすいところに仕舞っちゃダメじゃん。こうなるから…」
笑顔を浮かべてそう言いながら、橙色の帽子を取り出し被った。
「このぉッ」 「よくも…あれ?」
残る黒服が遅れて銃を取り出そうとして、その何人かは銃を見つけられずにいた。
「探し物って、これ?」 パァン、タァン、タァン…
少女は奪った銃で黒服たちを撃っていく。
その場に響くのは銃声、そして薬きょうと拳銃の落ちる音のみであった。
全員を倒すと彼女は青年の方を振り向くとニコッと笑い
「ついてきて。報酬は後で貰うから。」
「…あぁ、わかった。」
(殺し屋…ではないよな? まさかな。)
その様子を一部始終眺めていた者がその場に残っていた。
気配を完全に絶っていた小柄な“それ”はゆっくり立ち上がると、倒れる男たちに近づく。そして懐から銃を取り出し
ダァン「ぐふぁっ」 ドォォン「うぐっ」
その場に倒れていた黒服たちの息の根を止めていく。そして“それ”が後ろを振り返るとリーダー格の男がよろめきながら立ち上がっていた。彼が口を開く
「アンタほどの殺し屋が影武者か。姑息な手を使う」
「あっちが勝手に騙っただけ。パフェ、楽しみにしてたのに…」
そう言って不貞腐れながらも手元では撃ち切った銃に弾薬を詰める。
一方で黒服の方も体を支えるその手には銃が握られており…
パァン、パァァン…
その銃口がその相手をほぼ同時に捉える。
一方はその姿を覆い隠していた布に一筋の穴を残し風圧でその頭部を暴きながら壁に着弾し、もう一方は
「…カハァッ、ぐぅぅ」ドサッ
黒服の胸部をハッキリ捉え、生命線を断つように体内へと食い込んだ。
男はその銃を落とし血の流れる胸部を抑えながら地に沈んでいく。
「く…そ…」
まともな反撃も出来そうにないと悟りつつ、『せめて少しくらい』と顔を上げてみれば眉間の先に添えられる銃口が。その奥に見える逆光に照らされた少女の顔は紛れもなく
「やはり…お前、は…」 パァン
「…これで4つ。」
そんな”裏処理“が行われていることはこちらの二人はつゆ知らず。
(確かここを…うぇぇ!?)
その跡に居合わせて、初めてそれが行われていたことを知る。
初めに気付いたのは青年を先導していた少女。続いて
「おい、どうし…これは」
固まる先導に違和感を覚えその様子を覗こんだ青年もハッと息をのむ。が、
「いや、別に何の変哲もない暗殺跡だ…とすると、やっぱり君は」
「そうね、うん! 誰がやってくれたのかなー…」
呆然としていた頭を叫んで再起動させ、少女が勢いに任せて足を前に出そうとして
「…やっぱり依頼した人間じゃないよね? あれほど名の通った殺し屋がこの程度でおどろく筈が無いから。」
そう言って、青年が少女の頭に銃を突きつけた。そしてこう続ける。
「そうやって人の名前使って食い繋ぐの、無理が出て来るよ。知らないかな、仕組まれてたの」
「…じゃあ、あの組織も」
「それは本物。ある所から情報貰うよう頼まれてたんだよね、壊滅させるためにさ? まぁ、今更足を洗っても買われた恨みは返品しないからさ、大人しく…」
ッキュゥ、カッ、カァァン…
呟きながら少女に近づく青年の足を、放たれた銃弾が遠ざける。そうして空いた空間に降り立ったのは
キィッ 「…それは私の。邪魔しないで」
「クソッ、本物か! しかしなぜ」
着地するなり青年の銃を素早く弾いて長刃の獲物を喉元に突きつける、”名無しのナナ“本人であった。
青年はしばらく狼狽していたが
「…それとも続ける?」
ナナのその一言で弾けるようにその場を去っていった。
次にナナは少女の方を向く。そこには腰をついて肩で息をする少女の姿が。ナナは彼女に近づくと
「この程度に動揺するくらいならせめて仕事は選べ。その程度の肝っ玉なら私を騙るのはまだ早い」
少女はナナを見上げたまま黙って何度も頷く。
しかし、これまで見る限り無表情を貫いていた筈のナナの顔にグッと殺気がこもる。
そしてゆっくりと刃物を鞘から抜く音が聞こえ…
「ひぃっ!?」
カッと目を見開いたナナに少女が思わず身構えた次の瞬間、どういう訳かナナはその場から姿を消していた。
脅され腰を抜かした少女は切れた緊張の糸が意識ごとどこかへ行ってしまったかのように、その上半身を地面に投げ出す…
次に彼女が目を覚ましたのは自身の住処の寝床の上であった。
その当時誰が彼女を運び込んだのかは、大人になった今でも明らかになっていない。