ハッシュタグ「いいねしたよその子との存在しない小説のワンシーンを抜粋する」にて書かせて頂いたよその子さんとの交流を、読みやすいように小説バージョンで置かせて頂きます。
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むほシナ世界タグ
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【茶会華し/箪助さん宅黒翅さん】
意外ですね、と鮫の形を持つ男は言った。血肉の捺印にまみれた黑社会の会合とはいえ、組織であるが故に利益もない殺し合いが始まるほど無秩序ではない場所。奇妙に穏やかな休憩場で工芸茶が花開いている。それを入れたのは蛇の形を持つ男だ。
「意外とは?」
「活潑豪宕な四凶で、こういうもてなしをして頂けるとは」
「ああ。おままごとでも始めそうな嗜好品でしょう」
種族として瞼など無い構造の目が細まる。水面下に落とした針へ嘲笑を含んで食いつけば逆手に扱われることは目に見えている。自虐に見せた篩は分かりやすく、いっそ親切なほどだと応えを向ける。
「いえ、趣味が良いなと。うちのお嬢に出しても可笑しくない逸品ですよ」
「どうでしょう、蛇の未熟なもてなしでは流行りも知らず。忘れかかった故郷の作法をお見せした方が、幾分楽しんでいただけるかとすら」
瞬き俯いた後、柔く視線を向ける。色街にもよく見る親しみを込めた仕草を前に、淹れられた茶を含む。華やかな花弁から想像するより凛とした苦みに、はて他の面子が来るまでにどの程度の腹を探り合うかと姿勢を緩める。
「さっぱりとした味わいですね。酒に合わせても美味そうだ」
「良かった。うちの若い子がお世話になっている方に、下手なものは出せないと思っていたもので」
冗談に薄らと本心を混ぜたような声色を向けられる。他の面子、もとい、若い子が来るまで後数分の出来事だ。
◇◆◇
【紳士連れ子狸/もやし野たけひこさん宅カカポ紳士さん】
草萌ゆる緑と黄を纏う鳥が地面を眺める。否、彼の目線の先には地面ばかりではなく、小さなステッキが落ちていた。そう、カカポ紳士のステッキである。それは先ほどまで彼の翼に引っ掛けられていたが、ふくよかな羽毛をつるりと滑り落ちてしまった。彼の嘴は果実を味わうには素晴らしい形をしているが、ステッキを咥えて翼にかけ直すには幾分控えめだ。
「カカポ歩けば杖が転がる、まるで故事成語です」
どなたか拾ってくださるだろうか。そんなことを考えるカカポの背後から影が重なる。上を見上げてみればよく光る一つの目が紳士を覗き込んでいた。二人は互いに顔馴染み、学校の先生と生徒である。
「カカポ先生、校庭観察?」
「楽々さん。それも素敵ですが、カカポはステッキを拾ってくださる方を探していました」
「そうだったの」
事情が分かると、楽々はステッキを拾いカカポ紳士の翼に引っ掛けた。しかし紳士が美しい発音で「Thank you」を繰り出す前に、ステッキはまた羽毛の膨らみを滑り落ちた。
「OH、カカポの愛らしい丸みが仇に」
「休み時間中は俺が掛け直せるけど、それ以外の時間が不便だね」
ふむと考える楽々は友人の鞄の魅力的なキーホルダーを思い出す。それなら、と一つの提案をする。
「カカポ先生。ステッキの鞘を作ったらどう?」
「Wow、これは盲点。鬼に金棒カカポに鞘ですね」
「LEDをドラゴン代わりにしたら、カカポ先生と一緒にいっぱい光るよ」
「素晴らしいアイデアですね。カカポの心も踊ります」
嬉しさからか踊り出すカカポ紳士に、楽々も楽しそうに校庭に置かれたラインカーを手に取り、開かない蓋のその上へカカポ紳士を乗せる。
「作り方はペレチ先生に教わろう。安全運転で行くけど、しっかり掴まっててね」
カラコロと押されるラインカー、蓋の上に踊る七色の紳士、リズムに合わせて自作の鼻歌を歌う生徒。持ち手に掛けられたステッキを差し出されるまでの刹那、7月の暑さに幻覚を見てしまったかと目をこする技術科教師がいるのは、また少し後の話。
◇◆◇
【パック花火と夏の宵/鋏定規さん宅カベツチさん】
「カベツチさん駄目です! 行かないでください!」
上司の両肩を掴む従業員は必死であった。どうして、と悲しげな表情を向けるゴーレムに獣人は言う。
「この謳い文句の続きは『サラドはお嫌いですか。そんならこれから火を起こしてフライにしてあげましょうか』です!」
「そっか、折角の料理も、俺は食べられないから……」
「違います、サラドやフライにされるのは俺達です」
此処は無法都市、客を料理する店も当たり前に存在する場所で、人の良い彼をむざむざ犠牲にはしない。有名な山猫の料理店の話をすれば、カベツチもすっかり理解し、ほんの少し名残惜しそうにその場を離れた。種族差に遠慮せず入店出来る店はUNTには少なく、それが銭湯であれば彼の憧れもひとしおと理解出来る。
「ごめんね、ダスト君。危ないお店に入ろうとして。教えてくれてありがとう」
「ああ、いや、元ネタを知らなきゃ親切だと思うでしょうし、カベツチさんが謝ることでは」
日暮れの涼しさが心地よい。日中の蒸すような大気も刺さるような日差しも、今は少し穏やかだ。夏の夜は短く、橙と紫の間に薄らと月と星とが浮かんでいる。
「夏ですね。もう少ししたら、祭りもありそうだ」
「ああ、良いねぇ。皆でお祭り、行きたいね」
「仕事の依頼量によりますけどね」
ハッと口元に手を置く上司に、水を差したかと反省するダストだったが、カベツチは「そうだった」と笑う。
「夏はいつも以上に仕事があるからありがたいよ」
仕事とは信頼から繋がるとダストも知っているが、こうも嬉しそうに話す姿を見ると微笑ましくなる。せめてもと「花火セットでも買いますか」と提案してみる。
「ファミリーパックの、打ち上げ花火なんかも入ってる巾着袋みたいになってる奴」
「ええ!? そんな大容量の花火を……ご近所の皆さんにも楽しんでもらえそうだね……?」
「配らないでくださいね!?」
地域の人達が喜ぶなら、ファミリーパックの花火を大量注文して一袋ずつ配りかねない。そんな心配をしながらも、工務店の皆と何人かのお友達が楽しむくらいの量なら、なんて言ってはみるのだ。
◇◆◇
【密室にシロップを添えて/首縊さん宅黄蜂さん】
「巴蛇、暑ぃ」
「部屋の空調悪い故ネ、休憩しよっカ」
顔に大きな傷のある魁偉な男がぐったりとソファに伏せている。精悍な姿に爬虫類の性質を持ち合わせる彼は気温の変化に弱い。昨今続く人肌よりも高い数値を叩き出す猛暑などは覿面で目に見えて疲弊を表している。そんな彼の様子に「あらあら」と柔い声を出すのは人型を模しているものの自らを奇形の蛇と認識する男だ。
「とりあえず飲み物ネ、お酒は出せないケド」
「ビールとかホッピーとかも?」
「黄蜂を饕餮様の手で絨毯にするわけにいかないネ。今はジュースで我慢ヨ」
絨毯という言葉を聞いてさしもの虎もトラウマを刺激されるのか名残惜しそうに口を閉じる。その表情を眺めながら蛇は透明なグラスにとろとろとシロップを注ぐ。炭酸で割られた薄らと黄みがかった液体に崩れた緑色の果肉が浮かび、熱に伸びていた黄蜂がすんすんと鼻を鳴らす前に炭酸がぱちぱちと音を立てて注がれる。
「なんか良い匂いがする」
「サルナシは滋養強壮良いからネ。薄めたけどマタタビのお仲間だし、ちょっとは楽しめるカナ?」
くるくるとマドラーストローで攪拌したものがテーブルに置かれた。果肉も味わえるように選んだ硬く飲み口の大きいストローをしばらく吸うと、黄蜂はぷはぁっと豪快に息を吐いてスッキリとした表情をした。
「生き返った! これなら次の仕事も力が入るぜ!」
「喜んでもらえて良かったヨ。お代わりもある故、飲みながら作業しようネ」
貴方もどう。黄蜂に向けていた目を、振り返った先で下げる。床に額を擦り付けた債務者は、服を脱がされたままがたがたと震えている。裸に剥かれた肢体には傷一つなく、甘いシロップの炭酸割を味わう男達は暴言一つ吐いていない。彼らはただこう言っただけ。
「金は用意できなかったか。まぁ、計画通りに行く日々ばかりじゃねぇだろうさ」
「返せないにしても、何らかの誠意を示してもらえるカ? そしたら此方も少しくらい、融通考えること努めるヨ。黄蜂もそう思うネ?」
「そうそう! 俺達だって報告出来る誠意があるなら、一発で加工工場行きなんてやり方は選ばねぇよ」
壊して売り飛ばすやり方なんざ食中りするほどに食い飽きている。炭酸割の残りをグイッと飲み干して、黄蜂は懐っこい少年のようにお代わりをねだる。
「もう一杯。どうせなら、こいつにも注いでやってくれよ」
「ハイハイ。お友達のは少し濃いめに入れようカ」
「おっ、良かったな。濃いめに作ってくれるって」
床に押し付けた額を彼らへ向けるべきか。脂汗が出る部屋で寒気を感じながら、債務者は今も命を繋ぐ為の選択を演算し続けている。
◇◆◇
【同舟する少年と道化/鴉さん宅リリーさん】
見上げる程に背の高いピエロが、鞄からアヒルのぬいぐるみを覗かせている少年と物陰に隠れている。
「申し訳ありません。この辺りの治安の悪さを知りながら、人のいる道を選んでしまうとは迂闊の極み」
絞め殺しにあった古木のように細く長い手足はしかし、先ほど少年と彼のバイクを抱きかかえて逃走劇を繰り広げたところだ。運び屋を生業としている少年は普段から慎重にこの無法都市を生き抜いてきたか、爆竹でも背負っているかのように銃撃の音に追われながら走り抜ける極彩色のピエロと目が合った際は流石に動きが止まった。
「……ピエロさんは、どうして追われたんですか?」
「どうしてと問われますと、はてさて。自分の足にぶつかった幼子を蹴り上げている男性のお尻をジュラルミンバットで叩き上げた所為か、それともその男性が持っていた粉を煙幕代わりにぶちまけて着火した所為か。室内ではないので軽めの粉塵爆発程度で済むかと思いましたが、あれは私も愛用している面白くするオシロイではなく、人を可笑しくする非合法なマジックパウダーだったようです」
様子を聞くに火を付けられて気化したドラックを吸ったのだろう。事実説明を成された今、遠くから聞こえた爆発音や自分達を追いかけてきた発砲音にも合点がいったらしい。少年は嫋やかともいえる困り顔でピエロを見上げた。
「……大丈夫ですか? 怖い人が追いかけてきて」
「ええ、大丈夫です。私は不死身で逞しい野良ピエロですし、貴方のことは責任を持って安全な場所まで送り届けることを約束しますよ」
お仕事は終わっているのでしょう。ピエロは白塗りに鮮やかな色を施した顔の中、二種類の色を持つ目で柔く笑う。鞄の中からほんの少し顔を覗かせているアヒルへも目を向けて、少年に「その子も」と言った。
「汚れ一つ負わせないと約束します。ピエロってのは子供にもぬいぐるみにも紳士的で淑女的ですから」
「ペクも?」
「おや、可愛らしいお名前。私はピエロの8、ハチやパャドやカハデクサン、お好きな音でお呼びください」
低く通る声で言ってのけるピエロに花の名を持つ少年、リリー・リコリスは瞬きをする。鞄の中の大事なぬいぐるみ、ペクの頭をそっと撫でて、運び屋の少年はこの日珍しく運ばれていくのであった。
【鈴生る恐怖/黒糖さん宅深闇さん】
「こんにちは、深闇先生」
「おや、君は小青の」
右腕を嫋やかで美しい女に絡め取られた美丈夫が、華奢な少女を腕に抱えた屈強な男に声を掛けられる。女はせっかくの逢瀬を邪魔されたと言うように、少しばかり不機嫌を眉間に乗せた。腕に乗る少女はそれに気付いたのか男の犬を模した耳に触れたが、男は少女へ「ああ」と頷いて彼女のポシェットに入っていた飴玉を取り出し、一つを彼女の掌に乗せただけだった。
「今日も怖いお話を聞きに来たの?」
「ああ。彼女が一つ、とっておきを話してくれると言っていたのでね」
実話怪談作家深闇深夜。彼にとって欲望渦巻く無法都市でのネタ探しは興奮に満ち溢れているらしい。そういうわけだから、と女が薄く浮かべた笑みに「此処から立ち去れ」の暗喩を込めると、男は女の両足の間から胸までに視線を向けた。
「ああ。確かに、怖い話には事欠かないみたい」
それは異性に向けるとしては随分と無作法な仕草で、それでいて男の癖に美しい肢体に情欲の一つも浮かべていないものだから女の方は業腹だったことだろう。しかし、怪異に魅入られた惨劇の紡ぎ手は、そこにあるのだろう「怪奇」を肌で感じたのだろう。するりと女の腕から自分の腕を抜いて、穏やかに「申し訳ないね」と言った。
「こちらの彼、馴染の店の子でね。他の店に不義密通をしていたと店長に知れたら、二度と敷居を跨がせてもらえなくなりそうだ」
深闇の言葉は娼婦の追及を躱すに十分だ。自分を愛でているならまだしも、どう甘く見積もろうと寝物語の「物語」ばかりを求めるお客人。此処で下手に袖を引いては、面倒だと見限られる可能性さえある。女はまったく渋々と深闇から離れ、そうして怪異な男を睨めつける。男は気にした様子もなく、深闇に「此方へ」と声をかけ歩き出す。
「なぁ、梔子君。君は何を語ってくれるんだい? 彼女には、何が憑いていた?」
「付いているというか、寧ろ、潰されて千切られて、引きずり出された子達ですかね」
少女が犬神の腕を伝い、怪談作家の肩に手をかけて耳打ちをする。幼い見た目に反して随分と古風な話口調と低い声色を持つ彼女の種明かしに、深闇は思わず唇に期待の笑みを浮かべた。
「成程。事欠かないって言葉は、自分で補填しているから、という意味か」
「ええ。愛が実を結んだから契約を求めるのではなく、契約を求める為に、実らせたんです、彼女」
まぁ、長くはないだろうね。腕の中の女性がまたポシェットから飴玉を出して舐め始める。
「そういえば貴方、先ほども飴を舐めていましたね」
「匂い消しの丸薬でも齧ってなきゃやってられないよ。股から零れて腐った臍の緒に全身緊縛されてる変態女なんてさ」
そろそろ首まで回りそうだった。腕に抱かれた年嵩の娼婦が、自らの発言を濁すようにガリリと丸薬を噛み砕く。桃を蓬で燻したかのような、何とも奇妙な匂いがした
◇◆◇
【恵みの味わい/あたりめさん宅霙さん】
逢真贋刻郷には今日も緩やかな時間が流れている。強い日差しに夏の熱を感じながら、背の高い木々の生い茂る山の中は川を撫でる風も通って涼しい。青空を差し色にした木漏れ日の下、霙は旬の果実に舌鼓を打っていた。丸々と膨らんだクサイチゴ、爽やかな酸味の心地良いグミ、黒々と光るクワ。春を超えた山の恵の味見は、散策がてらの楽しみである。
「この辺りは特に植物の種類が多いな。目緋絲さんの言葉の通りなら、誰かの記憶にあった山が混じり合ってるんだろうけど」
この郷は人が山と思う場所が重なり合っている。大家と山怪鬼を名乗る目緋絲の説明は、ある種の荒唐無稽ではある。気候も地形も違う山が重なり合う。それは多様というよりむしろ乱雑で、一歩間違えてしまえば性質の違う存在同士が互いを殺し合いかねない。湿原が無ければ生きられない昆虫も、鉱山でなければ咲かない植物も、この郷では奇妙なバランスと距離感を保って共存している。
考古学や歴史学において言えば、この土地は奇妙かつでたらめな部分が多い。大家さん本人すら「こうなったら良いなと呪術で大まかな部分を作って、生活してる中で不便を聞いたら微調整する感じだな」という至極曖昧なようだった。生活様式に合わせて成長し続けている能力はある種のオーパーツとも言えるし、この郷の中で育まれた文化もまた多様で興味深い。
「おお、こんにちは。今日は暑いから、河童達も川から出てこないな」
「目緋絲さん、こんにちは」
鉈と斧とに鞘をして腰のベルトへ差した姿で目緋絲は姿を現した。いくつかの木を伐採してきたのだろう、木を切った瞬間の湿りけを帯びた青い匂いがする。山怪鬼が木の伐採をするなんてと思われがちだが、どこも命は次の世代へと巡らねば根元から腐ってしまう。
「切った木はもう薪にしたんですか? 微力ですけど、おれも運ぶの手伝いますよ」
「ああ。木はな、木工の子のところに届けてきたんだ」
「もう届けたんですか! じゃあ、此処も整備をしに?」
「いや、今日間引く木は此処までお終いだ。此処には夕飯の天ぷらの具を探しに来た」
天ぷらと聞いて耳を立てる。近頃郷に来たばかりの子に、夕飯を差し入れるつもりなんだろう。山怪鬼はニッと笑い、霙にも天ぷらの誘いをする。
「暑い日に揚げ物をするなら、一度に揚げてしまおうと思ってな。食べたい子は好きな具を持ってきてくれると助かる。山菜のほかに、サワガニや川魚も良いな。フライドポテトは用の芋は儂のところで用意しているからな」
「それじゃあ、おれもお供します。夕飯が楽しみになるので」
「ふふ、頼もしい」
ゆるゆると言葉を交わしながら、今日も平和な郷での一大イベントを楽しむのだ。
◇◆◇
【路地にて邂逅/亮さん宅Perfect Humanさん】
「よぉ、兄さん。ここらじゃ見ない顔だな」
「やぁ! 実は此処には今日初めて来たんだ、シナプスの外から来たものでね」
「ああ、外から来たのか。じゃあ、俺と同じだな。俺も生まれはシナプスの外だから」
100年ほど定住してるからそこそこ古参のよそ者だ。少し茶化した物言いの魁偉なカミツキガメ型獣人に、しかし人間らしい姿をした男性は驚いた様子を見せなかった。獣人の男性が自分と自分に因縁をつけた二人の談笑を少しの間、様子を窺うように眺めていることには気づいていた。二人に用があったのだろうか、と思って問いを向けようとすればカミツキガメ獣人の方から声がかかった。
「チンピラ二人が見ない顔の男を路地裏に連れ込んだ、そう教えてくれる店番の娘さんがいたんでな。観光客に因縁付けて金をせびったとあっちゃあ、この辺りを取り仕切る五文銭の名折れだ」
「五文銭? 取り仕切るということは……地主さんとか!」
暗い色身のサングラスをかけた男性の言葉は朗らかだ。此処で極道などと言ってしまえばカタギを怖がらせるか、或いは此方が極道ということに「気づかないふりをしてくれている」相手の気遣いを不意にしてしまう。どちらも組の利益にはならないだろうと、五文銭ではゴタ消しを担当している百目亀は答えを選んだ。
「まぁ、そんな感じだな。この横丁、俺達より前にはヤクザに仕切られていてな、まだ治安の悪いところもあるから、用心棒みたいなこともしてるのさ」
「それは素晴らしい活動だな! 俺は大丈夫、彼らとは仲良くなれたからね!」
確かに。馴染みの店の女性から聞いた話では随分と剣呑な様子で心配したが、自分の目で確認したチンピラ二人は随分と和やかに会話をしていた。まるで往年の友かそれ以上の親しみを向けている様子を見たからこそ、百目亀は不埒者の首根っこを掴む荒事も抑えていたのだ。
「そうか、なら良かった。ああ、申し遅れたな。俺は百目亀。カミツキガメの百目亀だ」
「そうか、ありがとう! 俺は名前がないから、好きに呼んでくれ!」
名前がないこと自体はこの土地でさほど珍しいことではないのだが、好きにと言われて唐突に呼称をつけるのは難しい。百目亀は少し考えて「声をかけたのも何かの縁だ」と笑った。
「あんた、好きなものは? あんまり食わねぇタイプなら、嗜好品とかでも良いぜ」
「おれはそうだな、パフェが好きだ!」
「パフェか……じゃあ、とりあえずパフェって呼ぶな。この先に飯の美味い喫茶店があるから、良かったら行こうぜ」
指さす方向を見た“ヒト”の為の“カミサマ”は「楽しみだ!」と明朗に笑った。
◇◆◇
【袖触れ合い、探す縁/夜叉桜さん宅PPさん】
「す、すまない! ここのあたりで、背の高いカラフルな服を着た子、み、見かけてないかい!?」
手近な相手から手当たり次第に問いかけているのだろう引きつった声。PPと呼ばれる青年はその声を聞いたことがある。初めての遊園地に目を輝かせた我が子を見失った両親も、そのように悲痛な音で尋ね来ることが多いから、まさか、と彼に駆け寄ると男は縋るような目でPPに問う。
「あの、この遊園地の人だろうか? 青い髪に褐色の肌で、虹彩が緑と紫の子、見かけてないかい?」
「虹彩が緑と紫の……俺は見ていないけれど、その子は君の娘さんかな?」
「あっ、す、すまない! いつもの癖で子と言ったけど、その人は俺より少し年下なだけで成人してる女性なんだ。友人で大人で、優しい子ではあるけど、はしゃぎ過ぎるところがあって」
遊園地で周りの人に迷惑をかけていないか心配で。四日不知の縋るような目は、友人がいないことより友人がはしゃぎ過ぎて突飛な行動をしていないか、という心配らしい。それでも友人とはぐれたという事実には不安が残る────彼自身の傷であり罪を思う過去────この場所に訪れた人間が悪意に奪われることなどあってはならない。PPの表情を察してか、四日不知は言う。
「確かに、一輪車に乗りながらアコーディオンを演奏する、みたいなはしゃぎ方はするけれど、基本的に周りの人が危なくなるような暴れ方はしない子なんだ……!」
「ああ、いや! 君の友達を警戒してるのではなくて。それにしても随分と器用なはしゃぎ方をする人だ」
「良かった……友達はピエロで、街中のパフォーマンスを得意としてるんだ。もう一人の友達がいる、廃教会の子供達の生活費の為に」
「成程……兎も角、園内を探してみよう。話を聞くに、その人も君を探している可能性がある」
Pleasure・place……否、全ての遊園地に悲しみに続く悲劇が生まれるべきではない。悲痛な願いの中、PPは四日不知と共に友人探しを手伝うことにした。カラフルな服を着た背の高い虹彩が二色の女性。目立ちやすい姿をしているし、誰かが見かけている可能性はある。折角一緒に遊びに来た友人を不安にさせたままでは、その人もこの場所を楽しめないだろうから。
◇◆◇
【出会いに蜂蜜珈琲を/畦道さん宅レジナルドさん】
「依頼がかち合ってしまうとは、お互い災難でしたね」
「い、いえ! 僕としましてはその……ご依頼をされた方々が喧嘩を始められたことに、驚いてしまって」
「ああ、あの喧嘩はなかなかに派手だった……でもまぁ、殴り合いになる前に止められて良かったです。同業の方とお話も出来ましたし」
くすくすと笑う鴉天狗が翼を変化させた両手でコーヒーを乗せた銀盆をテーブルに置く。来客用のソファに身を預けているのはレジナルド・フィンチイール・モレー、アンデッドを用いた便利屋を目指す若きネクロマンサーだ。どこか自信なさげな表情をしているものの、一仕事を終えた安心感からか依頼者同士が怒号を飛ばし合っていた時よりも落ち着いて見える。
「ミルクとお砂糖は此方で、これは蜂蜜です」
「蜂蜜?」
「ええ、従業員達から香りが良いと好評で」
祓い屋雪炯のリーダーである烏天狗、香芙華はそういうと自分の分のコーヒーに蜂蜜を一掬い入れる。コーヒーの力強い香りへ元の花が作用するのか、ふわりと柔らかい香りが漂う。
「ああ、本当に良い香りですね」
「よろしければレジナルドさんもどうぞ」
勧められた蜂蜜の容器から、レジナルドも一匙を掬って自分のカップに溶かす。一口目を味わえば香りばかりではない甘さが舌を楽しませる。ほっと小さな吐息を零す青年を微笑ましく思いながら、香芙華も自分のコーヒーを飲みつつ従業員の帰りを待つ。
「あの、雪炯さんの、従業員の方々は?」
「香芙華で大丈夫ですよ。ご近所さんから依頼がありまして、裁縫の手伝いに行っております。私はどうにも、そういうお仕事が不器用で」
「お裁縫、そのようなお仕事のご依頼もあるのですか?」
「ええ。祓い屋と銘打ってはおりますが、私達の会社が祓うのはお客さんの不安ですので」
少し気取った様子で言ってみたのだが、若きネクロマンサーの彼は純粋な人らしい。ぱぁっと表情を明るくして「素敵ですね」と肯定を向ける彼に照れを感じて笑いながら、香芙華は「こんな仕事も需要があるのですよ」と、偶然が縁を作った同業者との談話を勤しむのだった。
【談話に香揺蕩い/アルクトゥルスさん宅リンランさん】
「リンラン、窮奇のオ仕事、終わったカ?」
「ええ、窮奇の仕事は丁度終わったところ。その姿を見るに、貴方も休憩時間だろうか」
「ソウ、予約の方はお帰り故! ……そういうわけですし、小青のお仕事始まる前に、少し休憩しませんか?」
片言で継ぎ剥いだ単語の連なりが少しの間をおいて流暢な話し言葉へと切り替えられる。店の小青という名前さえ音を混ぜて呼ぶ此処では故郷や種族、年齢や性別も曖昧と偽りを重ね易い。一片に地を枯らす毒を持つ鴆を前に、言葉を変える蛇も自らに呪術を重ねて「年嵩の男娼らしく」している。
「わたくしの毒は知っているだろう?」
「ええ。任意でお薬に転換出来る、とも」
万が一の事故は起こらないようにという配慮か、茶菓子と茶葉はまだ戸棚に置いたままになっている。お好きに使ってくださいね、と部屋に置いてある茶器や皿とともに。それでは休憩とは単なる同室に留まることかと思えば、蛇は紫砂器に火を移していた。仄かに立ち上る煙から、甘味と酸味を含む爽やかな香りが揺蕩う。
「おや、新しい香りだ。この辺りの店では、あまり仕入れることのない種類の品物では?」
「そうなんです。三日ほど前、別の土地の知り合いから譲り受けまして。その方自身が作った商品ですが、お一つお試ししませんか、というお言葉に甘えてちゃっかり。リンランさんは、このような香りは」
「成程。わたくしにも好ましい香りだと思うよ、野花の実に似た酸味も心地良い」
良かった、と呪術の解けた声で紡いだ巴蛇は加工した尾でぺたりと座る。半分ほどの位置で繋がった太腿の間へ無造作に外した左手を差し込んで調整を始める彼に、リンランは緩やかに言葉を交わす。
「貴方の義肢は、中に刃を仕込んであるのだね」
「ええ。術式で動かす為に、一番塩梅が良いのです」
「ああ、指先まで血を満たしているのか。人の脈の流れを模している」
五術を修めた彼の医術からなる言葉に、蛇も「そうなんです!」と楽しげに説明を重ねるのだ。
◇◆◇
【一切れを迷う幸福/うさぎじろーさん宅プラリネさん】
「いらっしゃいませ、エクランドゥにようこそ」
「こんにちは、友達から、此処のお菓子が美味しいって聞いて」
童女に見間違えんばかりに小柄な体で、丁寧に迅速にケーキを運ぶ店主に驚くこともなく、少女は朗らかに挨拶をする。鉱物や鍛冶に関わることが多いドワーフの一族に生まれたとしては珍しい、愛らしいケーキ店の主であるプラリネもまた、朗らかな声で少女に話しかける。
「嬉しいお言葉です、店内でも召し上がれますから、ゆっくり選んでいってくださいね」
「えへへ、実は普段お世話になっている人に、ケーキを渡そうと思ってて」
「ふふ、素敵。此方に使っている食材の表記がありますので、よろしければ」
食物に関するアレルギーへの注意喚起として、エクランドゥのメニューには材料が丁寧に記載されている。材料の記載は好みの一品を選ぶにも重宝する為、メニューを渡された神楽坂みるらも「ありがとうございます」と一通り目を通す。それでもガラスケースの中に並ぶ美味しそうで愛らしいケーキには目を奪われるようで、色味の強い紫色の瞳がメニューとケースをうろうろと行き来している。
「ううん、迷うなぁ。全部! って言いたいくらい素敵だけれど、私以外小食で」
「あらあら……それなら……果物とヨーグルトのムースケーキはどうでしょうか? 夏場は酸味を強めにしていてさっぱりと味わえますし、冷やしても美味しいですよ」
「わぁ、素敵! ええと、それじゃあ……ラズベリーと、レモンと、桃! 一つずつお願いします」
「はい、ヨーグルトムースケーキの、ラズベリーとレモンと桃ですね」
ナパージュされた果物が煌めく、愛らしいムースケーキが純白のケーキ箱に守られている。硬い紙製を出来る限り優しく受け取って、みるらは嬉しそうに頷く。プラリネはそんな彼女の、ケーキを大事そうに抱えて帰っていくお客さんの幸せそうな姿を、店主として誇らしく思うらしく、彼女もまた喜びを浮かべた表情で微笑んだ。
「ありがとうございます、皆で美味しく食べます!」
「こちらこそ、ありがとうございます。またのご来店をお待ちしておりますね」
少女が優しい足取りで帰った後も、その日のエクランドゥに通う足音は、絶えることなく訪れるのだった。