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オリジナル 2021-05-13 この作品を通報する
asino 2021-05-13 オリジナル 作品を通報する

橋の下の河童

妖怪の話を書きたいと思って、とりあえず書いた河童の話です。 聞き役の主人公が河童と河童に取りつかれた人間との話を聞くという内容です。

この作品のシリーズ
狸妖怪話

河童という妖怪がいる。  背中には亀のような甲羅があるが、顔には鳥のように尖った口があって、頭の上には皿をひっくり返したような禿げた部分がある。そこが乾くと弱るだか死ぬだか言われている。手足には大きな水かきがあって主に川にいる。色は緑のものが多いが、聞く話によると中には赤色の者も存在するといわれている。  好物はキュウリ、そして尻子玉などがあげられる。  尻子玉というのは人間の臓器の一つと考えられているが、架空のものだとも言う声もあれば、肝、つまり肝臓の部分だと言うやつもいる。それをお尻の穴から抜き取るという話もあれば、人間の胴を引き裂いて取ってしまうという話もある。  どれが真実で嘘なのかはわからないが、これが一般的に知られている河童である。  しかし、我々妖怪にとって、人間達のこういう百聞は非常に重要なファクターなので、決して侮ることは出来ない要素だ。  人間に化けて、それなりに生活をしてきたが、溶け込むのは大変である。そもそも、妖怪と人間が交わることなんて、水と油が交わるようなものだと僕は思っている。しかしながら、普段ありえないと思っていることが、嘘のように簡単に起こってしまい、一瞬でも水と油が交じり合ってしまうことがある。  これはある友人の話だ。  その友人の故郷、ここでは仮にA市としておく。一応市という名前がついているがどちらかというと村というほうがお似合いで、市民にとっては電車よりもバスの方が有効な通行手段として活用されている。しかもそのバスでさえ一時間に三回通れば良いほう、三十分に一回の運行、そして夕方にはもう走らなくなってしまうという行く分にも帰る分にも非常に難儀な山の中にあった。  日が既に山に隠れようとしている時間帯、友人は市の真ん中を通る道路を少し外れた、人気のあまり無いような道の歩道を歩いていた。民家のような建物は並んでいたが、夕暮れの暗い時間にも関わらず明かりがついている民家は一つもなかった。  そこには一つ、A川という川がその道の下に流れ、橋が架かっていた。それほど高く長い橋でもなく、簡単に降りれる土手がある程度で川もそこまで深い川ではなかった。  友人はその橋の上で、ふと足を止めた。橋の下に何かの気配があったからだ。  気配という漠然としたものを真に受けるようなタイプではなかったが、そのときばかりは信じざるおえなかったという。  気持ちの悪い、薄ら暗い、どんよりした感じ。それが橋の下からこっちを見ている。  なるべく下を見ないように、知らない振りをしながら、まっすぐ歩いてゆくと 「おい」  若い青年とも年老いた老婆とも取れるような、べたべたとした声が橋の下から聞こえた。こちらに対して呼びかけている「おい」か、もしくは唸るような「おぉ」だったか、最初は判別がつかなかったが、その疑念も次には払拭された。 「目ぇ、あったろ。今、目ぇがあったろ」  それは日本語、人間の言葉だった。辺りには自分の存在しかないはずなので、それが自分に対してのものだと思ったが、そもそも自分は下を向いてないので、その言葉が嘘であるのは明白だ。  だが、このまま無視して、後をついてこられても困る。 「何者だお前は」  仕方なくそう答えてやると 「話、聞いていってくれないか。少し会話がしたい」  流暢な日本語で答えた。一体なんなんだ、人間か?しかしこんな時間にしかもこんな橋の下から話しかけてくるような人間なぞいるものか。この世ならざるモノの気配を悟って、慎重に口を開いた。 「俺とか?」 「そうだ。お前と会話したい」  声色から口角が上がったような雰囲気があった。 「それに付き合ったら、そのまま帰してくれるか?」 「あぁ、それ以上は望まない」  最初の印象とは裏腹に、意外と聞き分けのいい奴だと友人は思った。向こうの目的がなんにせよ、きっと走って逃走しても追いつかれてしまうような気がしたので、気持ち悪さと恐怖から、その提案を飲むほかなかった。 「お前は河童じぃを知ってるか?」 「河童じい?」 「そうだ。ここらじゃ有名だと思っていたが?」 「もしかして、ここら一帯の川で釣竿にキュウリを垂らして、『河童はいる』とか騒いでいるあの爺さんのことか?」 「そうだ」   A川のここよりも上流のほうに民家の集落から離れて一軒、寂れた小屋のような家があって、そこに一人で住んでる爺さんがいる。詳しい歳はわからないが、少なくとも十年以上前からそこに住んでいるといわれている。少し前まではバス停から彼の仕事場に向かう姿が目撃されていたが、定年を迎えたのか今はほとんど人通りの多い場所で見ることはないようだ。  なぜ彼が『河童じい』などと呼ばれているのか、それは常日頃の奇行によるものだ。 「いつも、釣竿にキュウリを巻きつけて川に垂らしてるあの爺さんだろ」 「そう、ここらの人で彼に近づくものはいない」 「頭がおかしいからな。近づけば河童の話しかしない。河童はいるだのなんだの、俺は見ただのなんだの。挙句の果てに河童用の罠なんて山の中に仕掛けやがって、やかましいことこの上ないね」 「彼の話を真に受ける人は確かにいない。まるで河童に取り付かれているようだ」 「ふん、河童にだって誰に取り付くかくらい、選ぶ権利がある」  友人がそう言うと、「ふん」という鼻で笑うような音が聞こえて、その感情の漏れに奇妙な人間味を感じてますます気色悪いと思った。自分と出会ってからずっとこいつは笑っているようだ。  橋の下のそいつは続けた。 「彼の言っていることは戯言じゃない。なぜなら河童はいるからだ」 それから「くっくっくっく」というあふれ出るのを押さえ込むように笑いそして言った。 「河童は俺だ。俺が河童なんだよ」  それから再び「くっくっく」と笑う。  さっきまで多少明るかった空も既に山の向こうに隠れてしまった。友人は今にでもここから離れたくて仕方がなかったが、気味の悪さに何も言わず山の向こうに沈んでいく太陽を眺めていた。なぜか橋の下を覗こうという気は起きなかった。  橋の下の河童は続けた。 「そして、あの爺さんが河童を見たというのも本当だ。あの爺さんは俺を見てああなっちまった」  橋の端にある電灯が灯り、橋の上にいる友人だけを照らした。こんなところを他の人間に見られたくないという欲求が強くなり、意を決して口を開いた。 「そうか・・・。それは、なんというか残念なこったな」  俺はいつ開放されるんだ?そう聞くよりも先に向こうが喋った。 「なぜ、河童じいがあんなところに住んでいるか、なんであんなんなっちまったか、教えてやるよ。そうだ、俺はお前に聞いてもらいたいんだ」  なんでこいつはこんなに嬉しそうなんだ。なんで俺が河童じいの話なんか聞かなきゃならん。橋の下にいる河童と名乗る存在。  河童・・・、本当に?  困惑する友人を他所に、橋の下の河童は勝手に話し始めた。 「河童じいの本名は勝俣恵太郎という。もともとはここの出身じゃない。もう十何年も前の頃だが、彼には妻が一人と娘が一人そして息子が一人いた。  その日、家族はこの町に旅行に来た。  この何も無い町に何が旅行だと思うかもしれないが、むかしはここよりも上流、そうだ丁度河童じいの家がある辺りにキャンプの施設があった。恵太郎たちはそこにキャンプをしに行った。  それは恵太郎が少し目を話した瞬間、バーベキューの準備に取り掛かっていて、蒔をとりに家族から離れていたときのことだ。  俺はその瞬間を川を挟んでずっと見ていた。男が一人離れていった。それからだ。その息子と思われる奴と目が合った。俺は身を隠したが、その子供は川を越えてこっちに向かってきた。  人間に見つかると厄介だ。すぐにその場から離れると続いて人間の子供が藪の中に入ってきた。もう少し遅かったら完全に鉢合わせになるところだった。  俺はしばらくその様子を遠くから見ていた。後に続いて母親らしき女が子供の追いかけてきた。女は追いついた瞬間、子供を殴った。呻いてその場に倒れると子供が地面を指して何か言っている。それから何かしら口論をしていた。  しまった。  地面を見ると明らかに人間ではない、大きな足にヒレのついたような足跡があった。明らかに俺の足跡だ。  非常に喧しい喧嘩だった。女は持っていた包丁を振り回しながらなかばヒステリックになっていた。途端、女がこちらに向かって来た。  隠れているところまで来そうだった。  俺は飛び出して先に女の腹を裂いてやった。  大きな血しぶきを上げてそこに倒れた。大きな悲鳴がすぐそばであった。さっきの子供、ではなくそれは別の女だった。今思えばそれはそのとき呆然とこの光景を見ていた、子供の姉だったに違いない。  俺はその女の腹も裂いた。  後で肝だけ頂くつもりだった。  次はあの子供を狙うつもりで近づくと、さっきこいつらが準備をしていたバーベキューのほうから男の声が聞こえた。さっき離れた男が戻ってきて異変に気づいたのだ。これ以上人を呼ばれると厄介だと思い、俺は子供を立たせ、無理矢理引っ張っていく形で山のほうに攫って行ったのだ。途中で男の叫ぶ声が後ろから聞こえたので、まぁ背中ぐらいは見られたんだろう。  さらった子供の肝だけはそのあとしっかり頂いたがな。  それからあいつはずっと、俺を探している。  河童と、もういない息子を探してるんだ。  ふふふ・・・、哀れな人間だ」 「気色悪い話だ」  友人はさも嬉しそうに話すそいつに嫌悪感を抱きながら言った。 「それが事実なら、お前相当気持ち悪いぜ」 「河童だからだ」 「は?」 「俺は妖怪だし河童だ。だから気持ち悪くて当然なんだ。ふふふ・・・」  なぜだか、いたたまれない気持ちになり、早々に立ち去ろうと思った。  それに、これ以上関わると、自身にまで危険が及ぶような気がした。今まで感じたことのない自分に対する何か気持ち悪い感情を橋の下から感じて友人は言った。 「話が終わりなら俺はもう帰るぜ」  橋の下の河童は言った。 「河童は本当にいるんだよ・・・。ふふふ・・・、ようやく、ようやく」  既にこっちの声が届いてないようだったので、逃げるようにその場を立ち去った。  その間も、橋の下の河童は奇妙に「ふふふ・・・ふふふ・・・」と笑っていたという。次の日も同じ時間帯に同じ橋に行ってみたが、例の河童は現れなかった。  あいつは一体なんだったんだ。なぜ俺になんな話をしたのか。  友人は疑問に思ったが、深く追及することを恐れて、その場をあとにした。  そこまで友人は話終えると、ひと段落着いたようにふぅと溜息をついた。 「全く変な出来事だったぜ」  悪態をつくようにそう言った。 「気色悪い話だね。確かに」 「全く変な奴だった」 「でもこの話で一番奇妙だと思ったのは」  僕は友人の、鱗のついた緑色の体とくちばし、頭の皿を順繰りに見て言った。 「その橋の下の存在が、そのことを同属である君に言ったってことだと思うけど」 「一緒にしないでくれ」  僕がおみあげに持ってきたキュウリをぼりぼりと食べながら、友人は言った。  僕達二人は話に出てきた川ではなく、全く違う川の小さな土手にいた。いや、厳密に言うと土手だった場所が手入れも何もされておらず風化して、草木だらけになってしまった場所だ。友人はもう話の中に出てきた故郷には住んでないようだった。いろんな場所を転々としているらしく、たまたま居場所を知った僕が遊びに行ったという次第だ。 「なんでこの話を僕にしたんだ?」 「好きだろこういう話」 「確かに好きだけどね」  僕は以前からこういう人間や妖怪の変な話を収集するのが、人間で言うところの趣味になっていた。だから化け狸でありながら色んな妖怪のもとに訪ねていくのは僕にとって一つのライフワークといってもいいだろう。 「ところでなんだけれども」  僕は彼の話を回想して言った。 「その橋の下から話しかけてきた奴は本当に河童だと思うかい?」 「知るか」  ぶった切るように言われたので、少し拗ねながら 「えらく他人ごとじゃないか。興味もないか?」 「ただ」  彼は勿体付けて言った。 「俺の知ってる河童って妖怪はあんなにおぞましくはないね。まぁただそういう奴もいるかもしれないが。お前ら狸だって、それこそ人間だって、千差万別いろいろいるだろう。それと一緒さ」 「それじゃあ『知るか』っていうのは本当に言葉通りの意味か」 「あぁ。ただ興味がないっていうのも間違いじゃない」  そう言うと友人は「さて」と言って、川からこちらを見た。 「俺はもう行く」 「そうか。最後に一ついいか?」 「なんだ?」 「君はなんで故郷を離れた?なぜ突然そんな放浪するようになったんだ。いままでずっと長いことあの土地に住んでたのに」  友人は少し考えたあと 「気まぐれだ。飽きたんだよ、多分」  そう言って川底に消えていった。  辺りを見るともう夕暮れだった。彼が例の河童にあったのもこの時間帯くらいだ。  川に彼がいた痕跡はもう跡形もなくなくなっていた。自然の川のせせらぎと、木々が揺れる風と、そして遠くから車の音が聞こえ、いわゆる静寂だった。  僕は自分の家に帰ったあと、少し気になることがあって、友人から聞いた話をすこし調べて見ることにした。と言っても直接現地に赴いたのではなく、文明の利器、インターネットに頼った。  確かにそういうものとして消化するのも良いかと思ったが、もう少し話を鮮明化できたらと思った。実際に起きたことなら、おそらく人間の世界では殺人事件として、広まっている可能性がある。  『A市 殺人』で調べた。もしかしたら事故扱いになっている可能性もあったが、とりあえず大雑把なところから攻めてくのがいいだろう。そしたら、予想してなかった記事が出てきた。 『A県A市のA川のふもとにある被害者自身の自宅で勝俣恵太郎さん(67)が死亡しているのが発見された。付近の住人がしばらくの間、姿を見ていないことを理由に通報、通報を受けた警察が玄関先で腹部を切り開かれた状態で倒れている被害者を発見した。被害者は一人暮らしで身寄りもいなかったことから当初は孤独死による自然死も考えられたが、玄関の鍵が開いていたことと、死因である腹部の傷が検視の結果、自身でつけることのできないほどの深い傷であることから、殺人事件の疑いもあると見て調べを進めている・・・』  五年前の記事であるようだった。どうやら勝俣恵太郎という人物は本当にいたらしい。友人の話は嘘ではないようだ。しかしそれも今や過去形である。  そして同じ事件を扱った別の記事、これはゴシップ記事のようだが、気になるタイトルがあった。 『河童じい、河童に殺される?』 『先日、A市にて、勝俣恵太郎さん(67)が殺された事件にて、面白い噂がたっている。  彼は河童に殺されたのではないだろうか、というものだ。  生前、家の近くの川にキュウリを付けた釣竿を垂らしていたり、市のあちこちで河童を捕まえるための罠を設置していたりとその奇行から、河童じい、と呼ばれていた勝俣氏。常々彼は河童に家族を殺され、息子を攫われたという証言をしていた。  地元の住人に取材を行い、彼の素性を洗ってゆくと、単なる迷信ではない可能性が浮上してきた。  二十年前、このA市には観光客用のキャンプ施設があった。バーベキューセットなどの貸し出しもあって、それなりに大きな場所だったらしい。  当時、妻、娘、そして息子の四人でこのキャンプ地に来た恵太郎氏は不幸な出来事に見舞われてしまう。  覚えている人はいるだろうか。二十年前の親子惨殺事件。  家族がキャンプを張っていた場所の川を挟んだ藪の向こうで、四人家族の妻と娘が腹を切り裂かれた状態で殺され、息子は行方不明となったあの惨たらしい事件。その残された夫がなんと河童じいこと、勝俣恵太郎氏であった。  当時、警察は第一目撃者でもある恵太郎氏のことを容疑者と見ていたが、凶器が見つからないこと、死体までの足跡に恵太郎氏のものがなかったこと、そしてこれが重要なのだが家族四人とはまた別の人物の足跡があったことから、恵太郎氏の容疑はすぐに晴れたのだった。犯人は今も捕まっておらず、今も謎の残る事件であるが、二十年たった今、あの時報道されなかった不気味な事実が浮き出てきた。  一つは彼ら勝俣家の家の事情である。なんと当時彼ら夫婦には子供への虐待疑惑があったというのだ。厳密に言えば妻の勝俣春子氏(当時30)の方が、何度か教育団体から注意を受けていたらしいのだ。  恵太郎氏と春子氏は再婚で、娘は母の、息子は父の連れ子だった。お互いそれぞれなぜ離婚に至ったかまではわからなかったが、そのときから春子氏の虐待の噂はあったのだという。それは娘にも息子にもそうだったようだが、特に息子への当たりのほうが酷いと近所で何度か目撃証言があったそうだ。  言い換えればスパルタ教育、自身の娘にも、再婚相手の息子にも同様に当たっていたようだ。  その子供たちについてもあまり評判は良くなく、特に当時小学六年生の息子、誠くんは妖怪や幽霊などに強い関心を持っていて、それが余計に春子氏の癇に障ったと思われる。  誠くんの姉、当時中学三年生の恵美さんについては特に大きなことは聞かなかったが、恵美さんもそんな誠くんのことをあまり好ましく思ってなかったようだ。  それを恵太郎氏が知っていたかどうかは今となっては定かではないが、警察はそこらへんの事情の中に恵太郎氏の動機があると推論をたて、最初の容疑者にしていたようだった。それから警察の中でどういう結論がなされたのかはわからないが、結果として証拠不十分で容疑から外れている。  その最たる理由として一番可能性がありそうなのが、前述した足跡の件、である。  殺害現場には、妻、娘の足跡、山の奥へと進んでいく息子の足跡、そしてその手前にある目撃者恵太郎氏の足跡、そして、息子を連れ去ったと思われ、同じように山の奥に消えていった第三者の足跡があったが、問題はその第三者の足跡が、人間のものではなかった。という点だ。  一般的な人間よりもひとまわり大きく、そして指の間には特徴的な、まるで蛙のようなヒレと、大きく鋭い爪が泥に食い込んでいた。  警察はダイビング用の足ヒレを加工した物を使ったとして捜査を行ったが、そもそもA川にそのような道具を使うほど深い場所などなく、勝俣家はもちろん、他の利用客もそのような道具など持ち合わせてはいなかった。警察は犯人同様その足ヒレもくまなく探したが、足跡が姿を消した山の中では見つけることは出来なかった。  これが河童の足跡だとすると、なぜ殺害現場がキャンプ場ではなく、川を挟んで外れた場所なのかがわかる。誠くんが河童を見つけ追いかけていったのだ。妖怪が好きであった彼は本物を見つけて追いかけた行った。それが始まりだろう。  足跡はしばらく山を登ったあと、別の川辺からA川に入り、そこから足跡は消えていた。  それから歳月が流れ、キャンプ場が潰れ、同じ場所に恵太郎氏は小さな家を建てた。  そこにどういう意図があったのかはわからない。そして、同じ場所で、同じ殺され方をして、彼は亡くなった。  河童の存在を訴え続けた彼、果たして本当に河童はいるのだろうか。そしてそれは二十年前と同じ河童なのだろうか。  真相はA川に深層に沈んでいる・・・』  僕は目を見張った。まさか本当のことだったとは!  別に疑っていたわけではないが、まさかここまで詳しい記録が残っているとは。  それにしても不思議なこともあるものだ。全てを信じかけたそのとき、ふとある疑問が浮かんだ。  あいつはどこまでこの事件について知っていたんだ?  あいつ、とは橋の上での奇妙な体験を話してくれた友人のことである。記事によると、当時としては有名な出来事だったようだし、それに同じ地に(それも割と昔から)友人以外にも河童がいた、ということになる。同じ地域に自分と同じ妖怪が住んでいたのなら、仲の良し悪しはさておいて、顔見知りくらいにはなっていそうだが。  いや、あの口ぶりから察するに、勝俣家を殺した河童と友人はあの橋の上での出来事が初対面だったはずだし、友人も河童じいのことは知っていても、二十年前の事件のことは知らないようだった。  そもそも妖怪と人間は関わりのない隣人、全く別の存在だ。人間社会のことなど無頓着になるのが当然である(僕はともかくとして)。だから友人が事件について何も知らなかったとしてもなんらおかしくない。河童じいに関しては例の罠や釣りの件で疎んじていたようだが。しかし橋の下の河童は、明確に人を殺している。別に妖怪だって人を襲うものもいるとは思うが・・・、こう、なんとも説明のしづらい違和感があるようなやり方だ。  それにあいつだって、口では『知るか』と他人事のように振舞っていたが、おそらく友人自身もあの橋の下の存在を自分と同じ河童だとは思っていないようだった。  しかし、それでは足跡の件はどう解釈すればいいのだろうか。  これを人間がやったことだと仮定するなら、人間以外の足跡はつかないはずだ。襲われた人間達、妻、娘、息子の足跡の他に、もう一つ見知らぬ足跡があったことは事実だ。あの記事の信憑性がどれほどのものかは知らないが、そこを疑いだしたらきりがないないので、それはやはり人間じゃない、別の存在のものだったと断定すると、橋の下の河童はやはり河童か、似た存在だったと言っていいのかもしれない。  事実、河童じい自身も『見た』と言っているのだから、もう、それで良いのかも。  この一連の事件に関して、完全な出しゃばりでありながら、しかし、やはり何かもう一つ裏があるような気がして、無意味に頭を回転させた。  五つ足跡がある。河童、目撃した息子、追いかけてきた母、巻き添えをくらった娘、そして残された父。  僕はあるひらめきに腰を浮かした。  そもそも、友人という河童がいるのだから、あの事件現場にあった足跡も友人の足跡だったと考えるほうが自然なんじゃないか?  じゃあ友人が殺したのか?いや、あいつは人間のなんやかんやにわざわざ頓着するような奴じゃない。犯人像とかけ離れている。しかし現場にはいた。このことを念頭に置いて最初から考えてみる。  まず、息子が河童を見つける。この河童は橋の下の河童ではなく僕の友人のほうだ。  河童が茂みの向こうに消えたのであわてて追いかける。恐らく友人だったら追いかけてきた子供なんてお構えなしにそのまま山へ逃げることを選択するだろう。結果、そこには河童の足跡らしきものだけが残る。  子供が来て、調理をしていた母親が来る。  問題はここからだ。橋の下の河童の話ではここで口論があって、母親が河童に向かう。しかしもう河童はいない、いるのは息子と母親だけなのだからここで母親を殺すことができるのは一人だけ、都合のいい凶器は母親が持っていた包丁。結果、母親が殺される。その光景を姉が目撃、そして姉も殺される。  息子が河童の跡を追いかける。少し離れたところで父親が目撃。  地域にもよるが、河童の色というのは曖昧だ。緑色が定説だが、赤色と伝えられている地域もある。  そういう話を息子から直接聞いていたのかもしれない。  山の中の茂み、光も外に比べると暗く見え、木や枝などの障害物の多い見えずらい環境。たくさんの返り血を浴びて、服も何もかも血で真っ赤になった姿、そういう環境では赤茶に見えるだろう。地面を見れば知らない化け物のような足跡、気が動転してる中、父親が一瞬、人ならざるものの姿に見えたとしても頷ける気がする。  距離的なものもあったのか何なのか。父親には構わず息子はそのまま山の中へ・・・。  じゃあ、友人が橋の下で出会ったのは・・・。正体は・・・。  河童はいるんだ。と友人に力説していた橋の下の存在。友人との別れ際。 『ようやく、ようやく・・・』  そう友人向かってにそう呟いていた。その続きはきっとこうだ。 『ようやく、見つけた』  ずっと探していたのか。二十年間。  母親も、姉も、そしてこの世で自分を知る唯一の人物である父親を殺して、彼は本物の河童になった。なろうとした。 『河童にだって誰に取り付くか、選ぶ権利くらいある』  これは友人の言葉だが、それを放棄した結果、彼は故郷を離れたのだろう。まるでその存在から逃げるように。  実のところ、友人に話を聞いたこの話自体もう五年前の話なので、割と前の出来事ではあるのだが、今でもたまに思い出すことでもある。  あれから、あの友人には会っていない。彼が今どこにいるかもわからない。もしかしたらもう会うことはないのかもしれない。  もう一人の『河童』も当然ながらわからない。まだその地にいるのだろうか。ここまで書いておいて言うことではないかもしれないが、彼の正体に関しては僕の憶測も混じっているので、本当にそうなのかどうなのかも、確証はない。  ただ、たまに、それほど深くもなく広くもない川の橋を渡るとき、その話のことを思い出して、川のそこから不吉な声で 「おい」  そういう声が聞こえてきそうな、そんな感覚に襲われるときがある。


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