圧境の下から
ちょっと趣向を変えて、『魔法が存在する世界に住んでいる』前提で書いてみました。
…という変更点を言い訳に、「狙う筒影」並みに協力関係描写が濃い目などの独自要素強めにはなります。
圧境の下から
ちょっと趣向を変えて、『魔法が存在する世界に住んでいる』前提で書いてみました。
…という変更点を言い訳に、「狙う筒影」並みに協力関係描写が濃い目などの独自要素強めにはなります。
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名無しのナナタグ
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「で?そのゴーレムとやらの研究は順調か。」
「はい、順調に行けばいずれはこの国を…」
「反乱者共をすぐに黙らせられるのかと聞いている。奴らを黙らせさえすれば下民共は私に逆らおうなんて愚かな真似はしなくなる」
豪華に飾られた部屋の中央、男は玉座に深く腰掛けて伝令の報告を聞いていた。
…そんな彼らから隠れるように潜み、離脱する影。
廊下を駆け抜け、窓から飛び降り…
「っと、危ない危ない」
ようとして衛兵の姿を確認し、踏みとどまる。彼らの監視を搔い潜ると庭を駆け抜け
バッ ダッ シュタッ
「そこまでだ」 「!!」
塀を飛び越えたところで衛兵に見つかった。
「大人しく来てもらおうか、治安を乱す反乱者め」
見れば少年と呼べる年恰好のその影が諦めたように立ち上がる。
しかし、その顔はマスクで隠されていた。
「マスクを取ってもらおうか。死にたくはあるまい…」
そう言って詰め寄ろうとし、
ストッ 「お? …あ、れ…」 ドサッ
気づいた時には胸から飛び出す刃の先。引っ込むと同時にその衛兵は地に伏して
「何者…!」
他の者は一斉に警戒し、槍を構え、或いはその手に炎や氷などを宿す。しかし
シュゥゥン ボフッ ザン 「ガハァッ」
それは刃の持ち主に一つも届かずまず一人。
「早く仕留めろ!」 キィン カッ ザスッ 「ぐわぁぁ…」
また一人、橙色の影の手にかかり
スパァン「曲者…っはァ」 ザンッ 「ぐぅぅ…」
たちまちその場の衛兵がその凶刃に倒れていく。そして
ヒュォォ、ゴォォ「うわぁぁ、来るな!来るな…」 ザスッ 「ふぐぁぁ…」 ドサッ
動転し乱射される魔法をもくぐり抜けて最後の一人が貫かれた。
そして少年を振り返ると一言
「今よ」 「お、おう。助かった!」 シュタッ、ザッ、ザッ…
そう言い残してこの場を去っていった。
どうやら助けられたらしい。一瞬の出来事だった。そしてあの声は
(…女? しかしあの動きは…いや、)
呆けている場合ではない。少年は急いでその場を離れた。
「どこだ! 捜せ!」
「っそぉ、第一、人相も分からねぇ奴なんか探し当てられるか!」
「黙れ、探し出すんだよ。で、首だけにしてだなぁ!」
そんな会話も交わしつつ、衛兵たちが大通りをあちらこちらへと駆け回る。
そして裏路地に足を踏み入れ、ホームレス達をも物色しだす。中には
「これは何だ?」
「包丁か!?」 「怪しい、連行しろ!」
「待ってくださ…ぐふぅ」
「口答えするな!」
このような冤罪をかけようとする衛兵もいた。
それを窓から眺める少女が一人。
「…これが。」
彼女の傍らには細いベルトが巻かれた、オレンジ色の帽子が。
(あの人も違う、この人も違う…)
窓の外から月夜に照らされた衛兵たちの顔を観察していくその少女は、とある人物により殺しの依頼を受けた”殺し屋“だ。
そして、限られた情報を頼りにその対象が権力者に関わっていることまで突き止めた。
ただ、夜も大分更けた時のことである。彼女の意識は日の出を迎える準備をしようとして…
「ギャアアアァ、熱いぃぃ…」
大通りから放たれ灰色にくすむ橙色の光。響きわたる捕まった人の苦悶の叫び。
それに釣られて意識が覚醒した少女の目下には燃え盛る人影。
「我々に逆らったらお前らもこうなる! 覚えとけ!」
衛兵はそう叫ぶと呪文を唱え、隣のホームレスに火を放つ。
(居ない、この中には。)
そう結論付けて窓を離れるとカーテンを閉め、少女はベッドに身を預けて目を閉じた。
(早く仕事を終わらせて、そして…)
この街は正直言って住み心地の悪い街だ。
いつからか? そう聞かれれば住民は
『今の領主になってから』
きっと口を揃えてこう答えるだろう。
いや、青い顔をして住み心地の悪さを否定するかもしれない。
その理由は…ここまで言えば何となく察する人も居るのだろうか。
殺し屋稼業の少女がこの街に来たのには訳がある。
遡ること数日前、とある酒場の隅の席。
「で、そこに行って誰を?」
「この人物を。」
少女の手に少し汚れた水晶が握らされる。
力を流し込めば、そこに映るのは少し若めの人相の悪い男の顔。
「この男…私に依頼する理由は?」
「奴は傭兵団に所属した経験があり、仲間を引き連れていた。ただ、奴は裏表のある人物でな、団長にすり寄る傍らで何人が奴に蹴落とされたか…」
「ふぅん…わかった。」
そう言うと、少女はスプーンをプリンの載っていた皿へと置く。
「報酬は後で決めてもらって構わない。じゃあ、頼んだ」
その言葉を背に、少女は席を発って会計に向かっていった。
ただ、プリンに気を取られて名前を聞きそびれ、下準備に大きく手間取ってしまった。
おかげでこの街へも予定より数日遅れて来る有様である。が、
(この男、名前がいくつも…それほど用心深く…)
とある部屋の一室、古びた水晶を見つめながら少女はそう考える。
しばらく観察した後、それをポケットにしまうと窓際の帽子を取り
「…行く!」
静かにそう呟いて腰かけていたベッドから立ち上がった。
―標的のこの街での名は『ウォルター』、現領主である
「昨日のあれ、見た?」
「誰なんでしょうかね、お上に逆らうなんて…」
街を歩けば、飛び交うこの日の話題は昨日の夜の出来事だった。
しかし、その様子はお互いに言葉を選んでいるようにも見える。
その理由はなぜか。 街を周る衛兵が居るからだ。それも
「おい、聞いてないぞ!」
「なら、ちゃんと考えとけ。」
「あんまりだ! じゃあ、俺はどうやって…」
こうして冤罪をかけられることもあるのだ。
この日も、いわれのない疑惑をかけられて衛兵に拘束される男が一人。
…少し離れた場所で、ボロ布に身を包んだ少女がその様子を見ていた。
「へっへっへ、大人しく…おい、ガキ。何見てやがる」
「……その服、本物?」
少女の指摘通り、その服は一目見て出来の悪い模造品であった。しかし
「あぁ、制式ではないさ。だがな、一人でも手柄を立てれば見逃してくれるってよ。フヘへ、寛大なお方さ。」
「はぁ!? そんな…」 「ふぅん」
絶望の表情を浮かべる男とは対照的に少女は興味なさげに相槌を打つ。
しかし、その場にいた人間がもう一人。
ヒュゥ…ストッ 「グハッ!? …どこ、から」 ドサッ
どこからともなく飛んできたナイフが偽衛兵に直撃する。
「ひ…ひぇぇ!」
拘束されていた男がおずおずと逃げていくのを見届けて、路地の奥から出てきた少年が口を開く
「そいつは羨ましい話だ、是非とも会わせていただきたいね。」
「ガキが…小さい女も見てるんだぞ!」
「へぇ?」
偽衛兵の言葉に少年がこちらを観察し、
「そっちの目的は? この男、ってわけじゃないよね。」
少女の方も少年を観察したあと、おもむろに地面に倒れている偽衛兵に近づいて
「ふぇ?何を…ゴハァ!」 …ドサ 「しばらく寝てて。」
気絶させ、顔を上げると改めて少年の方へ向き直る。
少年はその顔をまじまじと見つめ、ふと気づく。
「まさかとは思うが、昨日助けてくれた?」
彼女は無言で頷いた。その拍子にフードの中に覗く、橙色の帽子が。
「取引。協力しない?」
そう言いながら、少年に柄を向けて短刀を差し出す。
(『信用できないなら背中を』だったな、この合図は…乗るか)
少年はそれを受け取ると懐から自分の短刀を取り出し、彼女へ差し出して
「案内はするが、リーダー次第だ。俺が責任を持つのはそこまでだからな」
「わかった、よろしく」
(ここが彼、反乱勢力の…)
少年の先導に従い着いた場所はとある建物の地下室の入り口だった。
少年は扉の前に立つと扉を叩く。
ナナは静かに後ろを向くと目を閉じて耳を塞ぎ、少年を待つ。そして
「よし、入って…」 トントン
肩が叩かれるのを合図に目を開けて少年を振り返ると呆れ混じりの感心顔で迎えられた。が、その後ろから
「彼女はそれでよかったよ、ケイン坊。」
「あ、ケイシーさん! …はい」
一声にてケインと呼ばれた少年の顔を真面目なものに戻し
…この街の人間とは明らかに違う容貌の女が仁王立ちで二人を迎える。
会話内容からして”ケイシー”という名前なのだろう。
「曲がりなりにもアンタは裏に足突っ込んでるんだから他所との礼儀ってものも…待て。」
ケインを追い越し、ケイシーはしゃがんでこちらに目線を合わせる。
彼女はナナの顔…というよりはナナの被る帽子を一瞬見る。そして
「…一応聞くが、ウォルターを殺すよう依頼されたんだな?」
「やっぱりみんなウォルターに不満が?」
「私以外はね。…ったく童心を思い出すよ、と」
そう呟きつつ、彼女は立ち上がって部屋の奥へ目線を向ける。
ナナはその方向へ進むと、側近らしき剣士を両脇に立たせる一人の男の前で立ち止まった。
男を見上げて様子をうかがう。
ケイシーから視線を戻したその男が口を開く。
「お前も反ウォルターに協力する、と? …いや、今聞いた方針で動いているものか?」
するとその言葉に反応し、周りで相談していた魔導士や剣士が警戒の構えを示す。
静かに頷くと男はとある一団を指差して
「なら、彼らに聞け。お前が世話になったケインも彼らの指示で動いている。」
「…わかった、ありがとう」
「ということだ! 彼女に反意は無い」
男の号令を合図に全員が警戒を解いた。
「…となると、アンタが噂の。 どんな情報が欲しい?」
「屋敷について知っていることを。出来れば見取り図もあれば。」
紹介された彼らはグループの諜報係だったらしい。
最初こそ警戒はされたものの、帽子を脱いで彼らに見せたことで話に応じてもらい今に至る。
「それか…いくらナナとはいえ、タダでは渡せんな。一仕事頼めるなら考えてやる。」
「内容は?」
「蔵書庫潜入補助が急務にはなるな。情報統制で警備が厚いんだ、あそこは…」
「なら、それで。」
「一人でやるか?それともケインもつけるか?」
「…一人でも大丈夫。」
「そうか。なら、待ってろ…これを持ってけ。」
そうして男はとある書類を纏めるとポケットから紙切れを取り出し一緒にナナへ渡した。
それを受け取ったナナは書かれている内容を確認して
「…良いの!?」
…最後に確認した紙切れを見るや、ナナは目を輝かせて彼の方を確認する。
「…これほどだったか。あくまでも情報代で帳消しのつもりだからささやかな危険手当だ。怪我負ったら換金して薬でも買いな。」
「大丈夫。これで十分!」
「あっそ…気を付けて」
そういう男の声は何故か引き気味だった。
ナナは街中を走っていたその目的地は
「あった…」
この街唯一の蔵書庫である。
ナナは一旦立ち止まると、大きく深呼吸をする。なぜならそこは
(『一般人立ち入り禁止』…)
そう書かれた立て看板が入り口に目立つ。さらに
「おい、今すぐここから立ち去れ!」
「従わなければウォルターへの反逆の意思ありとみなす!」
後方、衛兵二人組からの勧告。
「…ねぇ、ここ、公共施設って聞いたけど。」
「あぁ、確かに蔵書庫は街のものだ。だが、その街を治めるのがウォルターだ。
その方が立入禁止としたから封鎖している」
なら仕方ない、とナナは仕方なくその場を立ち去り…
ザッ 「!? …どこ行っ」 ドスッ 「グハッ…あぁ…」
という体で油断したところを襲う。一人斬って、
「貴様!」 ダッ 「グゥッ」 ドサッ、チャキ…
残った方を押し倒しその顔に刃先を突きつけると
「首、飛びたい?」
「ヒィッ…の、望みは!」
「入れて。」
刃先が衛兵の眉間に触れる。
「わ、分かった!警備用の鍵ならここにある!だから…」
「ありがとう」 ザスッ
(ものの見事に魔導書ばっかり…)
それが蔵書庫に侵入したナナの最初の感想だった。
「なら…あった。」
見回し始めて暫くも経たないうちに目的の本を数冊取り出すと、机の上に広げて何やら書き写し始める。
いつもならのんびりと行う作業ではあるが、この日は直前にあった事情からその手は滑るように動いていた。
そして作業を終えると本をもとの場所へ戻し…
「…誰だ?」 (見つかった!)
運悪く研究者らしき男が入ってきてしまった。そして
「っ侵入者か!」 シュパァ ダァン
ナナを見て躊躇いなく魔法攻撃を仕掛けてくる。
ナナはそれを避けつつ本棚から踏み切って空中に飛び出し…
ビユォオッ、ドッ 「ッグハァ」
途中で軌道を変えて男に吸い込まれるようにナナが飛んだ。 そのまま男の腹へ一突き。
そして動かなくなったことを確認し男から離れると、ナナは蔵書庫を後にする。
(よし、あとはこれを届けるだけ…)
「…また、奴が出たか。」
「今度は蔵書庫です! 入口の衛兵が一人、あと下っ端の研究員が一人やられました!」
「フン、その程度いくらでも替えが効く。それより手口を分析しろ!」
「伝えておきます。」
あれからナナはずっと反乱勢力のアジトに居た。
情報交換を終えた後、空き部屋を借りて準備をしているところである。
キキィ… 「お、ナナ? 用事は終わったんじゃないのか」
「ついで。色々騒ぎを起こしたから…」
後ろから様子を見に来たであろうケイシーが話しかけてきた。聞けば
「まぁ、外部の人間同士仲良く…って首突っ込んでいいところじゃないね。」
「大丈夫、それは丁度終わったから。」 ガサッ トントン
「でもまだ…侵入経路探しか。」
資料などを一旦まとめるナナの前にまだ広がっているのは、先程貰った領主館の地図である。
「…まぁ、怪しすぎるよな。あれだけ反感を買ってしかも対策までしていてさ?
実際ケインも領主部屋までは何度も侵入している。」
「…領主が偽物かも?」
「いや、“かも”じゃない。確実に奴は偽物だ。私自身の目で確認している。
とは言うものの、想定済みではあるのだろう?」
その問いかけに、返事はなかった。
ただ、ナナは口元をほころばせるように頭を下げるだけである。
が、ふと何かに気付いたように顔を上げると隣に居たケイシーの方へと顔を向け
「…外の人間? 私と同じ」
「雇われてね。」
そう言う彼女は心なしか、端の方に置いてあるナナの帽子を気にしているようでもあった。
結局あの後侵入経路の目測についてはそれ以上の進展もなく、アジトを出るころには日も落ちかけていた。
取っていた宿に戻り、食事を取ると疲れたような足取りで部屋に戻ると
「ん、ふぁぁ…」
一つ、大きなあくびをする。
そして半目のままベッドの方を見ると、ふらついた足取りでベッドに寝転がる。
そして布団を被り、ナナはスヤスヤと寝息を立て始めた。
やがて外の月明かりすら眩しく見えたのだろう、枕に載せていた頭を布団の中へ埋めていく。
こうして何事もなく彼女は朝を迎える
…はずだった。 部屋の扉が微かに音を立てる。
寝静まっているのを再度確認し、ウォルターの密偵が部屋に入った。
彼は音一つ立てずにナナが寝ているであろうベッドのそばへ忍び寄る。
そしてベッドに伸ばした手に月明かりがきらりと反射し…
ガサッ、ブゥゥン 「いたいけな女の子を夜襲とは感心しないな。主の程度が知れる」 「!!」
光球によって部屋が照らされた。
照らされた密偵の手には短刀、その手を止めるようにして女がその手を掴み、持ち上げられる。
女はもう片方の手で維持していたらしい光球を握りつぶして再び部屋を闇に落とすと
「っせぇいッ」 ブォォ…ドシャア 「ガハァッ…んのアマァ」
魔法を用いて密偵を吹っ飛ばした。すかさずベッドを飛び越して彼へ止めを刺そうとするが
「っらよぉ!」 「ぬぉわぁ!?」 ジュォォ ガチャ、バタァン
「…逃したか。ったく火炎放射で足止めを食らうとは不覚な…」
消火に気を取られた隙に逃走を許してしまった。すぐに密偵を追うことはできるが
(今の目標は奴の捕縛ではない。優先すべきは)
彼女は周りに注意を払い、どうやってアジトへ向かうかを考えながら布団を捲ると、そこに居るであろうナナを脇に抱え…
「…なに!?」
たところで違和感に気づく。ナナだと思って脇に抱えたものは、布団を丸めただけの物体だった。
ベッドの下を覗けば外された部屋とベッドの床板が。
(初めから身代わりを置いて脱出した? …鈍ったものだね、私も)
一方、逃げ延びた密偵は仲間と合流していた。
「やったか?」
「いや、邪魔が入った。気を取り直して…」
そこで密偵の言葉が途切れた。何かが引っ込むと同時に彼が前に倒れ…
「お前、噂の…グハァッ」 スパァン 「っんのガァ…キ…」
月明かりの反射で辛うじて見えた大刃が残る二人を切り伏せた。
そして残る一人の目の前でそれは立ち止まった。子供ほどの見た目、橙色の帽子…
「ウォルターへ案内して。」
いつでも殺せる位置に刃をあてがい、寝巻姿のナナが男を脅す。
「ヒィィッ…それで口を割ると思ったか! こうなったら」
そう言い、男がポケットに手を突っ込むと魔力を込めた。しかし
「自決? 無理だから。」 「うぐッ」
いつの間にか無効化されていた。どうしたものかと暫く男が迷っているとナナは手を放す。
「…何のつもりだ?慈悲か?」
「応接室の暖炉、食堂の鎧飾り…とまで言えば?」
「…どこで知った!」
「間違ってなかったのね。ありがと」
ナナが立ち去り、男は暫く呆然としていたが
(記憶の読み取り!? 蔵書庫か! なら今すぐ…)
その結論に至り、急いで動き始めようとして胸に違和感を覚える。
やがて男は地面に倒れ、動かなくなった。
ガチャン 「ケイシー…いや、ナナか!?」
ナナが寝巻のまま反乱勢力のアジトに来ると、リーダーが報告を待つように立ち上がる。
…多分、あの”ケイシー“が自分の部屋で張り込んでいたのだろう。
「ふぁぁ…隠し部屋の場所がわかった」
そう言って屋敷の地図を広げると、やや半目で頭を揺らしながらナナがぽつりぽつりと説明していく。
「…なるほど、そうだったのか。しかしどこでそれを?」
「蔵書庫…の…」 フラァ…タッ
ナナが慌てて手で支えるものの、その目は既に閉じかけている。
「眠いか? なら寝ていけ。」
「うぅ…でも…」
「どうせ目的は同じだし、かなり世話になった。それに俺たちは明日に行動を起こすが、ナナも便乗して行動するだろう?
…もう子供は寝る時間だ、大人に任せろ」
「じゃあ…頼ん…zZZ…」
安心したようにナナは前に倒れこみ、やがて寝息を立て始めた。
団員の一人がそっと抱え上げてみるとその寝顔は年相応で
「やっぱりこうしてみるとまだ子供だよな…」
「持ち込んだ荷物ともども仮眠室に放り込んどけ。起こすなよ」
「問題ない、ケイン坊で慣れてる」
彼女を抱え、荷物と共に団員が布団のある部屋へと去っていく。
そうして翌朝。
「お、もう準備は済んだか?」
身支度を済ませたナナが扉から出て来る。
「…寝場所、ありがとうございました。」
「こちらこそ色々と…で、ウォルターが予想通り大きく動いたぞ。早朝に『今日、俺に逆らう身の程知らずを粛清する』とのお達しだ。」
「じゃあ、みんなも?」
「それはどうか。この前は一部のホームレスだけにとどまっていたが、場合によっては市民にまで手を広げるかもしれない」
「…そう。」
街では、掲示板の前に人々が集まっていた。
彼らの顔には、これ以上ないほどの不安が現れていた。というのも
「そろそろこの街も変わるのかな。」
「もう4つほど反乱を潰してるんだろ?今日で5つ目になるんだろうよ…」
「それにしても『女の子を差し出せ』なんて…」
「うちの子が殺されないと良いんだけど」
街の人がそう話す通り、掲示板にはウォルターによる粛清の予告がされていた。
…ナナも、確認のためその場にいる。
(多分、バレてる? いや、この程度の情報しかないと思えば…)
そう考え、掲示板の前を離れて領主館の方を向く。そして、気付いた。
(…炎?いや、あれは)
彼女が見たものの正体、領主館の前では
「っらえ!」 ドォッ、ゴォォ 「っそぉ、貴様らは貴様ららしく…」
ホームレス達による暴動が起こっていた。
その矛先はウォルター、そして彼に従う衛兵たちに向けられていた。
しかし、数こそいれど戦力がある程度整えられた衛兵たちを前に、劣勢に立たされていた。
―どうする?あれは予想外じゃ…
―いや、この前の事件から予想できた因果応報だ。俺たちも乗じるぞ!
「そぅっ…らぁ!」 シュォッ、ダァァン
そんな彼らに味方するように放たれた魔法。
「誰…あのガキだ! 殺れ!」 ヒュォッ、ゴォッ
「っそだろアイツら、子供だろうとお構いなしかよ…」
「ケイン、こっちだ」
狙われた少年を安全な場所に誘導し、今度は仲間がその死角を見極めると
「ふぅっ」 ドスッ、スパァン
衛兵たちを斬りつけていく。
「今だ、お前ら!」 「腐れ権力ごと引きずり落としてやる!」
その暴動を目下に、側に傭兵を控えさせワインを嗜む男が一人。
「ああ、待ち望んだ光景がようやく…毎日こうなってくれれば退屈しないのだが。」
そう呟くとその男―ウォルターは片手に持っているグラスをグッと呷る。
「グラスを。お注ぎいたします」 「こぼすなよ…いや、いい。」
ワインの追加を制止し、男が振り返る。その目線の先には帽子をかぶった、その逆光に橙色が見える小柄なシルエット。
「客人を待たせるのも悪い、私も一応貴族という身分に居るからね…」
「…終わった?じゃあ」 ヒュォッ、キィィィン…
そのシルエットが縮むと同時に傭兵の一人が前に出て、攻撃を受け止める…が
「情け。感謝して」 「何…を…」 フラァ…ドサッ
「下っ端?時間稼ぎもいいところだけど。」
「一応リーダーではあったのだが…まぁ良い、下がれ」
そう指示してウォルターは仕方なさそうに頭を掻きながら立ち上がると、
手に持っていたグラスを投げ捨てる。そして腰に差していた剣に手をかけ
ザッ キィィ、ズサァ 「ガハァッ、っぶねぇ…へぁ?」 ドサッ
同時に斬りかかり、交差したのちにウォルターが地面に沈む。
彼を切り伏せた少女は、ウォルターに近寄るとその姿をじっと見つめ、そして
「…偽物に用は無い」
そう言い放って偽装の解けた魔導人形に火を放つ。
「あーあ、終わっちゃった。絶景だったのに」
パタン、と魔導書を閉じながら薄暗い通路の中で呟く男の声
「どうせまた作るんだろ? 今度も多分簡単にはいかないぜ?」
「押さえつけるだけでいいんだよ、あんな奴ら。また領主にケチつければ簡単に傾くんだからさ…」
そう言ってニヤリと笑いながら語るのは”本物の“ウォルターである。
「見てたらまぁ分からなくもないな。」
「だろ!?今度はもっと効率よく…」
「残念だけどそれは無いよ」 「ッ…誰だ!?」
飄々とした女の声がウォルター達の話を遮る。
「通りすがりの外部の人間さ。ただ言っておくと私は頼まれて滞在している身分だ、挨拶くらいいいだろ?」
「こんな無礼な挨拶があるか! 今すぐ…」
「ウォルター様!」 ドスッ 「ぐふぁ…が…」 ドサァ
ウォルターの抗議も無視して襲い掛かり、庇った側近が貫かれ倒れる。続けて
「っの恩知らずが…」 ヒュォッ、キィン、カッ ガッ、ズザザザ…
もう一人の側近も剣で応戦し、何とか距離を離す。しかし
「アンタも所詮は知恵の人間か?」
「なに…を…」
バランスが上手く保てず彼が下げた目線の先、腹部を貫く短刀。
その様子を見てウォルターはピンときたのだろう
「まさか、アンタ殺し屋か!?」
彼女―ケイシーはニヤリと笑いながら
「そんな時期もあったね。まぁ、どっちみちアンタは八方塞がりだ。」
抜いた武器をウォルターに向ける。が、次の瞬間。
「…だが、これだけは予測できまい!」 「な!? 待て…」
いつの間にか用意していたらしい転送陣に彼が飛び込んだ。
ケイシーは慌てて追いかけるが、彼が消えた瞬間その効力が消える。さらに
ドォッ 「うわぁっ!? …追われないように爆破、か。それで逃げ切れるか…」
ブォォ 「…っとと。撒いたか?」
転送陣から飛び出し、着地すると辺りを見回す。
「…だな。よし、今のうちに…」
「街の外?」
頭上からの声に、身体が硬直する。
その声の主、橙色の衣装に身を包んだ少女が彼の目の前に降り立つ。
「ど…どうやって…」
「知っても意味無い。それに“私は”手を下すつもり無いから。」
狼狽えるウォルターの質問を遮って淡々と話すナナの後ろ、集まる人影。
「私は頼まれただけ。依頼人の希望はちゃんと通すから。」
「あぁ、そうかい…これが最期になるなら、考えようによっては最高…」 ザッ
言い終わらぬうちに、ウォルターの上半身が離れる。
「でも、その意見だけは却下。」 「そん…な…」 バタッ、ドサァ
町人だと思われた人影たちはナナの魔法によるものだったらしい。
一帯に差し込む光は殺し屋の少女に看取られる、一人ぼっちの独裁者を照らした。
(…依頼達成。)
ナナは帽子の先を下げ、彼に背を向けてその場を後にする。
「そうか、手遅れだったのをここまで…ともかく、報酬だ。」
報告書を読み終えると依頼人はナナをそう労い、後ろ手に彼女へ報酬の袋を手渡す。
周りの目を盗みつつそれを受け取り、ナナは酒場を後にした。
…あの街を離れてみて、改めて頭をめぐる言葉がある。
―我々に逆らったらお前らもこうなる! 覚えとけ!
―だがな、一人でも手柄を立てれば見逃してくれるってよ。
―これが最期になるなら、考えようによっては最高…
そんな言葉たちを受け止め、歩きながらもそれらが生み出す疑問に耽る。
その幼心の中で、芽生えた疑問に対するまとまった結論はこの日も結局出ずに
「例のスイーツ、この街に来るってさ。」
「おい、マジか! 俺、半券持ってるぞ…」
ふと、そんな会話が聞こえる。
気になってその方向を見れば見覚えのあるもの。
(あ…私も貰ってたはず。確か蔵書庫の調査を諜報係の人から…)
気になって調べた自分の荷物の中には話題に挙がっていた半券が。
ナナは軽い足取りで先程手に入れた情報の裏取りに駆け出していった。