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前の仕事が失敗したあと、新たな土地での生活を考えていた私は、

妻の希望で国境近くのブレンシュタッドという街に引っ越してきた。

目立った特徴も無い小さな街だったが、隣国との関所が近いこともあり、

メインストリートは通りがかる行商人達でいつも賑わっていた。


引っ越しの色々が終わって少し落ち着いてきた私は、

慣れない仕事の帰り際、小さな居酒屋に立ち寄る事にした。


店内に人はまばらであった。

行商人達は昼にはあふれるほど居るのだが、夜にはまた遠くの街へと旅立つか、

そうでなければ安い宿に入って早々に眠り着いてしまうので、

こういう店に来るのはだいたい街の住人だけだ。


私がカウンター席の端に座って注文を済ませると、

三十代前半の、見るからに衛兵といった風情の男が近づいてきた。

見知らぬ人間が座っているのを見つけて興味がわいたのだろう。


彼は軽く会釈すると、私の隣を指差して一言「いいかい」と尋ねてきた。

私も出来るだけ警戒していない風に頷いてみせると、

彼は硬く引き締まった肉体に似合わずちょこんと席に収まった。


「あんた、街の人かい? 見かけた事ないけど、まさか商人でもないだろ」


「最近引っ越してきたんですよ。妻の勧めでね」


私がそう言うと、男は私の目を見て一瞬、何とも言えないような気まずい苦笑いをした。


わざわざ郊外の街に引っ越してくる人間がどういう事情を抱えているか、

戦争の勝利に沸き立ち活気にあふれる国の状況を考えれば察しはついた。


男は職を失った私によほど同情したように見える。


「へえ、そりゃあ変わった嫁さんだね。俺は十年も前からこの街にいるけど、

出ていく人は増えても、最近はこっちに引っ越してくる人なんか滅多に見なくてよ……」


彼とは暫く話しているうちにすぐ打ち解けていった。

もともと話の好きな男なのだろう。だいたい彼が話を振り、私は相槌を打っているだけなのだが、

私はあまり自分から話題を出す人間ではなかったので丁度良い具合だった。


そうして店の雰囲気にも馴染んできたところで、彼が街について疑問があれば答えるというので、

私は今朝見た新聞の記事について聞いてみる事にした。


「そういえば、朝刊で見た話なんですが、どうにも昨日この街で子供が死んだって話で。それも何やら、夜のうち、銃で人間に……」


「殺されたんだっていう話か」


私は精一杯言葉を選んで慎重に話をしたが、男があっさりと「殺された」と口にしたので、

それからは私も表現に遠慮しないで話し始める。


「何でも、銃で撃たれたって話じゃないですか。引っ越してきたはいいが、

治安が悪いのではちょっと心配でねえ。犯人もまだ分かっていないんでしょう?」


「はは、犯人なら簡単さ。戦争も終わった街で銃を持っている人間って言ったら、

衛兵くらいしかいないだろ。


昨日子供を殺したのは俺さ」


「なんだって?」


「俺が昨日の夜、銃で女の子を撃ったのさ」


私は彼が冗談を言っているのだと思ったが、

男には軽い口ぶりな中にも嘘をついているような感じがしなかったので気味が悪くなった。


いやいや、確かに衛兵ならば銃の一つくらい持っているだろうが、

しかしこれだけ商人が居る街ならば銃を買う事も容易いはずだ。


「冗談でしょう」


「ホントさ、ホント」


「でも、それじゃあんたは……」


「うーん。そんなに気になるなら、詳しく話してやろうか、リーゼロッテお嬢様のことを。

あんまり酒に合う話じゃないけどさ」




………………。




二十三時過ぎの出来事だった。


少女は枯れた大木の根元に寄りかかり、約束の相手がやって来るのを待っていた。

その大木はY字路の、二股に分かれるちょうど境目のところにあった。


風は生温く、彼女の髪を揺らしている。星のよく見える夜で、

かすかに発光する空が彼女の姿を青黒く染め上げていた。


やがて、彼女のもとに別の少女が走ってやってくる。


緋色の薄いコートを乱暴そうに羽織っていて、全力で走っていたためか、

美しい金色の髪もぐしゃぐしゃになっていた。


この地域に特有のじっとりとした空気がまとわりつき、

彼女の大きな金色の目を覆う睫毛を濡らした。


少女は息を整える間も惜しいといった感じで口を開く。


「へへ、ちょっと手間取っちゃった。はあ……でも大丈夫、まだ追ってこないと思うから……。

ねえ、リゼ。こっちの方向でいいんだよね? 前に言ってたのって」


「うん」


「ありがと。……ふふ、大丈夫だよ、信じてるから。

ね、逃げ切れたらさ、絶対いつかまた会いにくるから……

今はちょっと無理だけどね。今だけは私、どうしてもこの街に居られないのよ」


「そう」


「あいつら、そのうち追いかけてくるわ。左の道を行くから、あいつらに聞かれたら右って言うんだよ?

大丈夫、リゼの言葉ならみんな信用してくれるから。


……ねぇ、私たち、これから先も友達だよね。

これで逃げ切れたら、いつか絶対、また会いにくるから。


また会いに来て……それであいつら。


全員、殺してやる」


リゼ、と呼ばれた少女にキスをすると、彼女はまた息を切らして左の道を走っていった。


やがて、街のほうから衛兵が走ってきた。

鍛え上げられた大人の動きは速く、子供と競争すればすぐさま追いつかれてしまうはずだ。


衛兵が、枯れた大木の下にいる少女の姿を見つけると、

走る速度を落としながら手を挙げて呼びかける。


「やあ、お嬢……こんな夜中に外に出ていたら危ないな。散歩かい?」


少女はかすかに頷く。手を伸ばして、衛兵の二の腕をぽんぽんと叩く。


衛兵が少女の頭を手で撫でてやると、少女は目を瞑って彼の身体に抱きつく。


「よしよし。なあ、一応聞くけどさ、お嬢。

この辺で、お嬢と同じくらいの背の女の子を見なかったかい。髪は金色でさ」


衛兵がそう尋ねると、少女は顔を上げて、暫く彼の顔を見つめた。


それから少女は衛兵の身体を離れ、Y字路のほうを向くと、分かれ道の左のほうを指差した。




………………。




「まあ、その後すぐ女の子に追いついた俺が、彼女を撃ち殺したっていうことだね。

もったいないよな、街で一番の美人だったと思うぜ」


男は、その話をまるで戦争の武勇伝を語るように話した。

しかし私には当然その話があっさり受け容れられるはずはない。


「ちょっと待って下さいよ。結局あなたはその少女を撃ち殺したということじゃないですか。

なぜそんなことをする必要があったんです。理由は何なんですか?


それに、殺した事を隠しももせずに私に話している……」


私も言っているうちに、だんだんと間違っているのは自分のほうなのではないかと

思うようになっていった。それほどにこの男からは、自分が罪を犯したなどという

意識が感じられなかった。


もしかして自分は、犯罪を犯しても罪に問われない世界に紛れ込んでしまったのではないか?

もしかしたら、これは夢なのかもしれない。


「女の子を殺した理由だって?

……ああ、そうか、あんた、引っ越してきたばかりなんだってな。いつ引っ越して来たんだい?」


「三日前ですよ。それがどうしたんです」


「ああ、そうか。それじゃあ、何も知らないってわけだ。

いいかい、俺が女の子を殺した理由なんて大したことじゃない。

たまたま彼女が死ぬ番だったっていうだけの事さ。

そして俺は、リゼ……リーゼロッテお嬢様のために彼女を殺した。


結局ね、この街で長生きしたいなら、お嬢に好かれる以外にないんだな。

あんたは何にも知らないみたいだから、またちょっと昔話をしてやるよ」


男がいたずらっぽく笑う。

その顔にはどうしても、子供を銃殺するような残虐さを見出せないままでいた。

やはり彼には、人間を殺した罪悪感のようなものがまるで無いのだった。


「あんたは、前の戦争のことは知ってるだろ?」


「四年前から隣国とやっていた戦争でしょう? 当然知っていますが……」


「じゃ、この街がその戦争の前まではその隣国の領土だったってことは?」


「それは知らなかった」


「そうか。まあ、そういう事情があって、今でもこの街の住人には隣国の人間が多い。


さて、戦中占領したこの街で指揮をとっていた軍人が、

隣国への見せしめに、毎週土曜日に一人、住人を処刑するというパフォーマンスを始めたのさ。


こんな話、聞いたこともなかっただろう?」


「全然。しかし、そんな話が、今の街とどう関係あるって言うんです。

まさか今でもその処刑が続いている、なんて話じゃないでしょう」


「ふふ、それがどうにも、おかしなことがあるものでさ。まあ、ここからがお嬢の話なんだよ」


男は空になったグラスを挙げて給仕を呼んだ。私の酒はいつの間にか氷が溶けて薄まってしまっていた。




「リーゼロッテお嬢様はいま、両親のいない家に一人で暮らしている。


無口であまり人と関わることもないが、暮らしに困ることはない、

周りには彼女の世話をしたい人間が山ほどいるからね。


お嬢は一人で暮らすには広すぎる家で、色んな花を育ててるんだ。

俺にもたまに一輪くれて、そうすると俺は胸のポケットに差してみんなに見せびらかすのさ。

お嬢と仲良くしてる証拠としてな。


お嬢の父親はこの国の士官だったんだ。

戦争は攻戦一方で、敵が攻めてくる心配もないっていうんで、その士官は妻と子供を、

自分のいる前線に近いこのブレンシュタッドに住まわせたんだ。


ところがね、お互い娘のことを愛してはいたが、この夫妻はけっこう仲が悪かったんだ。

俺はその頃から兵卒だったから、あの男の妻への悪口をしょっちゅう聞かされていた。

もっとも妻のほうも、街の主婦方に会うたび愚痴を言っていたらしいが。


そして、ある時この妻は、娘の前でも夫の悪口を言うようになっちまったんだ。

「あの男が死んでくれればいいのに」ってな。この言葉を、娘は聞き逃さなかった。


その時はまだ十歳にもなっていないお嬢だが、住民処刑の話くらい子供でも知っていた。


毎週土曜日に、住民を一人殺していく。

そんな残虐な見せ物を楽しむ子供たちも大勢いたさ。


だが、それでもやっぱりお嬢は子供だったんだ。

敵国の町人と自国の軍人の見分けもつかなかったんだな。


だから、父親を処刑させることも出来ると思っちまったんだ。


そこでお嬢が向かったのは、処刑を取り仕切っている一団のところだった。

住人管理局とか言ったっけな。ここの局長が子供好きでね。

まわりの子供達が近づいていくと、敵国の人間であっても喜んで遊びに加わっていった。


……本当、こんな人間が処刑を取り仕切っていたとは信じられんね。


お嬢は、この局長のところに会って話をしたんだ。

「次に殺すのは私の父親にして」ってな。

笑っちまう話だろ? 実際、局長は面白がってみんなにこの話を聞かせて回ってた。

俺も聞かされたしな。


でも、これが笑い話じゃなくなっちまったのは、処刑が行われる前日の金曜日のことだ。

お嬢の父親の汚職が発覚した。

翌日の処刑は、予定を変更して彼女の父親を処刑する事になったんだ。


まあ、これが一番最初の出来事だな。

これだけならまだ、そういう偶然もあると思うだろ? 

みんなもそう思っていた。

お嬢の母親は飛び跳ねて喜んだだろうよ。でも、こんなのはまだまだ序の口だったのさ。


次の犠牲者は、この街に置かれた司令部のトップ……俺たちがみな蟻の王と呼んでいた大男だ。

司令部のトップということはつまり、この男が土曜日の処刑を始めさせた張本人というわけだ。


前回の処刑で見事に願いが叶ったお嬢の母親が、ちょっとした冗談のつもりで言ったんだ。


「こんどはあの傲慢な蟻の王を殺してくれない?」


お嬢はまた局長のところに行ってその話をした。

これまた笑い話なんだが、前回それで本当に父親が処刑されちまってることもあって、局長は笑うに笑えなかっただろうね。


そして、やっぱり蟻の王は処刑された。軍の武器を民間に売りつけていることがばれてね。

その週の土曜日、いつものようにブレンシュタッドの広場で、自分が住民を処刑したのと同じように銃殺刑にされた。


その後は、蟻の王に変わって局長が街を取り仕切ることになった。

あの蟻の王がいなくなった時点で、もう処刑をする必要はなくなっていたのだが、局長はやめられなかった。

お嬢のご機嫌を損ねるのが怖かったのさ。


お嬢の父親と蟻の王が立て続けに処刑されて以来、

お嬢は街の人間達から人殺しの頼みをされるようになっていたんだ。

まあ、みんな冗談のつもりだったんだろうけどね。

たまたまお嬢が殺すよう言った人間が処刑される。なかなかよく出来た魔術じゃないか。


そうして、お嬢に頼まれるままに局長は処刑を繰り返した。

局長がお嬢に逆らう事はなかった。


局長はなんと、戦争が終わった後もこっそりと処刑を続けたんだ。

そうしてお嬢のご機嫌を取り続けていたんだ。

その頃にはもう、お嬢に人を殺す力があることに町中が気付いていたな。


そしてとうとう、処刑を実行してきた局長自身までが犠牲者になった。

娘と仲の良い友達が、お嬢に頼んだんだ。

その友達の父親は公務員だった……処刑の件で局長と揉めていたんだな」



「ちょっと待ってくれよ。

処刑を執行していたのは、その局長だったんだろう? 

それなら、局長はどうして死んだんだ? まさか、自分で自分を処刑したわけじゃないだろう」


「局長は、前の週に弟を殺された青年に刺されたんだ。

もうこの頃になると、お嬢の力にとって死因は関係なくなっていた。


局長が死ぬと、処刑の制度は無くなった。

だが、その後も毎週土曜日に一人の住人が殺されていった。

お嬢の母親もいつの間にか死んでいた。


死因は様々だ。絞殺、撲殺、それから銃殺とかも。

でも、病死とか事故死では死なない。必ず街の人間が、別の誰かを殺した」




男の話は壮絶だった。


長閑なブレンシュタッドの街の陰で、今でも週に一度人が殺されてゆく……

そんなこと自分は全く知らなかった。

なにしろ、この街の住人はそのような悲惨な出来事など知らないように

明るく笑って過ごしているのだから。

次には自分が死ぬかもしれない、そんな恐怖を全く感じていないように振る舞っているのだから。


「それじゃあ、昨日女の子が殺されたのは……」


「そうさ。誰かがお嬢に頼んだんだろうね、女の子を殺すように。

そして、自分でそのことを察した女の子が、街から逃げ出そうとしたが、俺に殺された」


「そんなのおかしいでしょう。

仮に、そのリーゼロッテというお嬢さんの魔術が本当にあるのだとしても、

それはあなたが女の子を殺す理由にはならないじゃないですか。

なぜ、あなたが女の子を殺したんですか?」


「ははは……そりゃ簡単だよ」


そう言って男は暫く身体を震わせて静かに笑っていたが、

飲み干したグラスの氷をカランと鳴らしてから言った。




「お嬢に女の子を殺すよう頼んだのは俺だからさ」




自分の体温が低くなっていくのが分かった。

手に持っているグラスの中身がぬるく感じられる。


目の前に人殺しがいる! 


先程この男自身から聞かされた事実が、今になって私の恐怖心を掻き立てていた。


そんな私の感情には構わず、男はなおも喋り続ける。


「街のみんなはお嬢の事を好いている。


話せば話すほど良い子でね。良い子すぎるんだ。

人の話は何でも信じるし、間接的にとはいえ、頼られれば人を殺す事も出来る。

お嬢は、人を殺すのが悪い事だなんて知らないんだな。

ただ、自分の好きな人間が自分を頼ってきたら、それを手伝ってやる、優しい子さ。


そうだ、これはあんたにはよーく知っておいて貰わなきゃいけない。

お嬢に殺しを依頼するには、ルールがあるんだ。


お嬢に殺害を依頼する時、


  Ⅰ、依頼者は、目標者よりもお嬢に好かれていなければならない

    お嬢が依頼者よりも目標者のほうが好きな場合、お嬢は依頼を断る


  Ⅱ、一度に複数人から依頼を受けることはできない

    すでに誰かから依頼を引き受けている場合、お嬢は依頼を断る



どういうことか分かるかい? 

つまり、あんたはまだこの街に来たばかりで、お嬢とは顔を合わせたこともない。

だから、あんたが何かちょっとでも他の人間を怒らせるようなことをしたら、

殺される可能性が非常に高い。

なにしろお嬢が、会った事も無いあんたを殺す依頼を断る理由はないんだから。


なあ、あんた、何かまわりの人間があんたに対して怪しい行動を取ったことはないか?」



そう言われて私は気付いた。


そうだ、妻はわざわざ引っ越し先にこの街を選んだのだった。

この街を紹介してきたのは他ならぬ妻自身なのだ。


だとすれば、彼女がリーゼロッテの話を知らないはずがない!



私は今朝、仕事に行く前のことを思い出していた。

妻はいつものように笑顔で私を見送ってくれたが、

その玄関の棚の上には、一輪挿しに飾ってある彼岸花が見えたのだった……


花になど興味を示さない妻にしては不思議だと思っていたが、

あれはつまり、妻がリーゼロッテに貰った花なのではないだろうか?


男は立ち上がった。


財布から紙幣を何枚か取り出して机の上に置くと、去り際にこう言った。


「結局ね、この街で長生きしたいなら、お嬢に好かれる以外にないんだな」


「あの、一ついいですか。


私の見たところ、この街の人達は自分が死ぬ恐怖など感じていないように思えます。

みんな怖くないんですか? 

そのお嬢さんをどうにかすれば、誰も死なずに済むじゃないですか。


やっぱりおかしいですよ!」


「まあ、そうかもしれないね。


だけどまあ、結局のところ……

殺したいと思った人間を簡単に殺せる力は、みんな手放したくないんだよ。


それに、自分がお嬢に好かれているなら、殺される危険は殆どない。


お嬢に強く好かれている人間同士は、お互い警戒して関わらないようにしたり、

出来るだけ仲良くしようとする。だからこの街の役人たちは全員揃って保守派で仲が良い。


あんたは怖がっているかもしれないけど、みんなお嬢の事を責めたりなんかしないよ。


だってお嬢は、好きな人のために行動しているだけなんだから。とても良い子だろう?」


「じゃあ、昨日の、あんたが殺したっていう子供は……」


「あれは、和を乱したから死んだのさ。あいつは治安を乱したんだ。

それで殺されたところで、文句なんか言えない。平和を脅かす人間はこの街にはいらない」


そう言う男の声に、わずかに怒りが含まれているのを私は認めた。


そもそも、たかが子供に街の治安を乱すような力があるというのも眉唾ものだ。

昨日殺されたという少女が一体何をしていたのか知るすべはないが。


「いいかい? お嬢はこの街の平和を守っているんだ。

今やこの街では喧嘩一つ起きることがない。

お嬢の力があるから、みんなお互いに仲良くしようとするのさ」


「そんな……みんな本当は、そのお嬢さんに嫌われるのが怖くて逆らえないというだけでしょう?

実際はみんな気味悪がっているはずです、死刑を執行していた局長のように……」


「まあ、そうかもしれない。実際、前まではあんたみたいなことを言う人間もいたんだ。

だが、お嬢を嫌う人間はみな他の人間に不審がられ殺されていった。


今ではもう、この街にはお嬢の信奉者しか居ないんだよ。


あんた、いま俺に言ったようなことを街で言うんじゃないよ、きっとすぐに死んじまうから」


そうして男は帰っていった。

「今度また会えた時はお祝いをしよう」だとか言いながら……






家に帰ると、すぐに妻が駆け寄ってきて微笑んだ。

私の帰りが遅くなったことを心配してくれていたらしい。


彼女とは、私が大学に通っていた時からの長い付き合いだ。


会社をやめて事業をやりたいと言った時も、嫌な顔一つせずついてきてくれた。


それに、私のことをずっと愛してくれている。






それでも私は、玄関の脇に飾ってある、一輪の彼岸花を見て決意した。






……明日の朝にでも、リーゼロッテのところに行かなければならない。







      彼岸花の巫女

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