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二次創作 2020-10-19 この作品を通報する
TAQN 2020-10-19 二次創作 作品を通報する

seven steps

気が付くと、老人は囚われの身となっていた。 身動きもとれず、目の前の若者はただ嫌らしく笑うばかり。 非日常は、いつも望まぬ形でやってくる—そう、誰にとっても。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー...

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元になったシリーズ
名無しのナナ

 ひどく退屈だ、と私は思った。退屈というのは何ごとよりも耐え難く、そして許しておくべき状態ではない―それが私の信条だった。それで、相手に悪いとは思いつつも、つい我慢できなくなってしまう。 「はぁ…」 思わず大きなため息が出た。紳士を旨とする自分らしくないのだが、まあ今回は相手にも相当な非があるのだ。許して欲しいところだ。 「………おい爺さん、自分の状況が分かってンのか?」 案の定、自分の態度が気に喰わなかったのか、相手―自分を取り囲む10人程の男たちの纏う空気がピリつく。 「もう歳だからねえ、許して欲しい。」 おどけて応えてみせようとするが、拘束された状態では手足を動かせず、私は困ったようにほほ笑むだけに留まる。 「ところで聞きたいのだが、今何時かな?」 私は気が付けば、固い椅子に座らされた状態でここにいた。 この薄暗く、かび臭いコンクリートの部屋にある光源は電球だけ。おそらく地下室なのだろう、窓もなく、困ったことに腕時計も獲られてしまったので、今が何時かも分からない。 「爺さんさぁ、どうせ大したこと出来ないって思ってるくね?俺らのこと舐めてるっしょ?」 質問には答えて貰えず、代わりに金髪の若者が顔を近づけて目を見開きながら凄む。 これで背が高くスタイルが良ければこんな仕事より芸能人が向いているだろう顔の良さだと思ったが、口にするのは控える事にした。他人の外見については誉め言葉以外を言うべきではない。 「本当はビビってるけどプライドだけは高いんだよ、こーゆーのは。『効いてないアピール』ってやつだ」 スキンヘッドの男がカチャカチャと何かの工具をいじりながら言葉を継ぐ。筋肉質で屈強そうだ。口元を綻ばせながら話しているが、目が全く笑っていない。光のせいか、眼窩は深い井戸のような印象を受ける。今から楽しい工作を始めようという雰囲気でない事は確かだ。 「前にも似たようなクソジジイをやったじゃないすかwゴウダサンの件の時の。あれは笑えましたね、スタンガン当てる度に漏らしながら最後まで命乞いしてw」 ロン毛の男がニヤニヤしながら話す。脅しのためというよりは、単純に楽しかった思い出にふけっているようだ。  暴力団といえば、厳密に構成員の「格」が決まっており、格上の前では軽口を叩く事は許されないと聞いた。このように和気あいあいとやっているのは、今風というか半グレらしいというものなのだろうか、などとぼんやり考える。 「“コレ”もどうせ同じだよ。ちょっとイジればすぐに泣き叫ぶことになる。『タスケテクダサイ!イノチダケハ!!』とか言いながらよ」 口ひげをたくわえた男がギャハハと笑う。30代後半か40代ぐらいだろうか。この場では私を除けば最年長だろう。リーダー格でもあるのか、他の男たちは媚びるように大げさに手を叩いて笑う。 反応に満足したのか、男はヒゲを撫でながら目を細める。  その動作を見て、思い出されるものがあった。 「ああ…君はコンビニの前にいた…」 深夜、私がコンビニに出かけた時、入り口でたむろしていたうちの一人がこのヒゲだった。 私は「邪魔だからどいて欲しい」という意を、できるだけ丁寧に伝えたと思うが、ヒゲは露骨にイラついていた記憶がある。 そしてコンビニからの帰り道、道端にバンが止まり— 「ああ、なるほど」と私は事の成り行きをやっと理解し、ひとりごちる。 「いやおせーよ!」 ヒゲは私が思い出した事を悟ったのか、ぎゃははと笑いながら私の頭をツッコミのように思いっきり叩く。 取り巻きはそれを見て更に笑い始める。 たったそれだけの事でここまでするなんて、なかなかにキレた連中だ。私は慎重に言葉を選びながら話す。 「経緯は理解したよ。悪気はなかったんだ、もし何か気に障ったのなら謝るよ」 すると、少し間をおいて 「ぎゃはははは」「ひひひ」「クククク」「はははは」 全員が笑い始めた。先ほどの様な媚ではなく、本当におかしくて仕方がないという笑い。 まるで息が合っていないが、各々が爆笑している。 これ程不快な笑い声というのも珍しいものだ。 何より、何が面白かったのかまるで分らない笑いというのも嫌な気持ちになる。 私も気をつけよう、と自省する。 「やっぱりビビってんじゃん!おじいちゃん、こえーんじゃん!ウケるわマジで」 笑いながら金髪が言う。 彼らのツボは共感しかねるが、どうやら相手がビビっているという事は私が思う以上に彼らにとって重要な事らしい。 「安心してよwちょっと拷問して苦しんだ末死ぬだけだからww」 ロン毛の男も笑いながら言い、自分の発言が面白かったのか更に噴き出す。 「そろそろ良いだろう。準備が整った」 笑いが収まるのを見計らって、マスクのような機具を持ってスキンヘッドが近づいてくる。 ホラー映画で斧を持った殺人鬼がつけていそうなマスクだが、厚みがあり、金属質なそれはひどく重そうに見える。 「これはさあ、お前の目や鼻や口を『閉じないように』固定するおもちゃなんだわ。色々と面白い使い方ができる。分かるか?」 聞いてもいないのにご丁寧にヒゲが説明してくれる。 私が更にビビるだろうことを期待しているのだろう、ニヤニヤと期待のこもった顔を向ける。 「いやあ、そうだね—」 ここまでか、と私は思う。そろそろタイムリミットだろうし、興味も尽きた。 「最後だから伝えておくよ。少し期待していたけど、本当に退屈だったよ君たちは。何が出てくるかと思えば、これではねえ」 本日二度目のため息をつく。 私の言葉に「あ?おいてめえさあ」ヒゲが答え、続けて何かを言いかけた瞬間、 「ぎゃぽぺ」 変な声をあげてヒゲの首がズルリと落ちた。 「は———」 全員の顔から一瞬でにやにやが消える。  そして気が付けばぐしゃりと倒れ伏したヒゲの代わりに、女の子が立っていた。 まだ10代中ごろだろう様相。見ればかなりと言ってよいほどに整った顔立ちをしているが、ここにいる全員が目を奪われていたのはそこではなかった。 幼い女の子が持つには不釣り合いな、両側に刃のついた異常な武器。 刃は銀色に輝いており、血の一滴すらついていない。 しかしながら、足元にひれ伏した死体と、それを平然と見つめる少女の存在は、兇手が誰なのかを雄弁に語っていた。 殆どの男たちが混乱状態で動けないでいる中 「てめえええええ」 一番少女の近くにいた金髪が銃を抜き、構える。 —が、ほぼ同時に銃ごと手首が切断され、どぼっっと血が溢れだす。 「な、ん」 何が起こったかを理解する前に、今度はその頭が胴から外れ、ヒゲの身体に覆いかぶさるように倒れた。 私から見ていても、刃の動きどころか、身体すら動かしているように見えない。 「この野郎!!」 ロン毛の男はどこに隠し持っていたのか、青龍刀のようなモノを振りかぶり がきぃぃん という音を響かせて、少女の両刃の武器がそれを受け止める。 ロン毛は両手で青龍刀を持ち、全体重で押し込むように力をかけているが、 対する少女は片手で武器を持ち、涼しい顔でぐぐぐと押し返す。 「おい!お前ら見てないで今のうちに—ゴブッ」 ロン毛は何ごとかを言おうとしたが、気が付けば少女の武器は二つに分離し、青龍刀を受け止めていない、もう片方の刃は相手の身体を両断していた。 「くそ!!」 私の死角となっていて分からないが、後ろにいる何人かが、ようやく武器を構えようとしているのが気配で分かった。 と同時に、気が付けば少女の刃は再び一つになっており、彼女はそれを思い切り振るような動作をするのが見えた。 すると、武器が一瞬、彼女の手から消え、再び戻り—少し遅れて後ろでドタドタと人が倒れる音が聞こえ、そして静かになった。 これで立っているのは、スキンヘッドと少女だけのようだ(私は座っている)。 「そ、それっ!ブ、ブブブーメランにもなるのかよ…!いや、なるんですね」 見れば、スキンヘッドの男はガタガタと震えており、マスクを盾か何かの様に突き出している。 何も言わず、少女は静かに歩み寄る。 「い、いやすみません、許してください!何でもするからたすっ」 無慈悲にも、マスクごと顔面を貫かれて男は息絶えた。 「………」  西部劇のガンマンのようにくるくると刃を周し、すべてが終わった事を告げるように、獲物は少女の太もものポーチに収まる。 少女はまっすぐこちらを見つめたまま微動だにしない。 「やあ、『ナナ』。助かったよ、お仕事お疲れ様」 私は少女—、ナナに労いの言葉をかける。 対して、ナナは表情一つ変えない。 「連絡…事前に相談してって言ったでしょ…。仕事に勝手な作戦を持ち込まないで」 どうやらナナは少し怒っているらしい。 「いやあ悪かったよ。一応メールしたんだけども…丁度今しかないってタイミングでね。巷で噂の拷問というのがどんなものか、どうしても気になったのさ」 結局オリジナリティのかけらもない、退屈なものしかなさそうだったけど、と付け加える。 「それはそうと、ナナ?そろそろこの拘束を解いてくれると—」 「もう解いてる」 え?と身体を動かしてみると、既に拘束具は切断されていて、自由に動かす事が出来た。 …相変わらず恐ろしい速さだ。 「ふぅー、ありがとう。ともかくこれで任務完了だ。こいつらの被害者も浮かばれるってものさ。それで次の指令だがね…」 私は伸びをしながら話すが 「なんで分かったの?」 「え?」 遮るようにナナは聞いてくる。 「さっき『最後だから』って言ってた。私がもう来てるって、なんで分かったの?」 気配は完全に消していたはず、とナナは表情で訴える。 ああ、その事か、と分かり、私は思わず吹き出してしまう。 「ナナ、それは君が着いたから『終わり』って意味じゃなくてね、あのマスクを付けられたらもう話せないだろうなと思ってね、最後に言いたい事は伝えておこうと思ったんだよ。ははっ、確かにそうも聞こえるね—いだっ!」 ナナに軽く脛を蹴られる。やはり他人を笑う時には気をつけねばならない— 〈了〉

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