この世で一番偉い人
ロミオ
場所 不明
人物 男 女 この地域で一番偉い人 屋敷に招かれた人達 王 従臣 城に招かれた人達 宮殿の主 宮殿に招かれた人達 この世で一番偉い人の付き人
第一幕
第一場 ぼろ屋、家の中
男と女。テーブルに向かい合って座っている。
女 (男の手を握って、無言で、男をじっと見つめている)
男 今日は、大事な一日だ。こんな僕にも、チャンスがめぐってきた。
女 何が、あるんでしょうか?
男 僕の知り合いに、屋敷に出入りする人と仲がいい人がいて、そのつてで、今日僕も屋敷に招かれたんだよ! あの大きな屋敷、この地域で一番の偉い人、その偉い人の屋敷に、こんな僕が、招かれたんだよ! さあ、したくをして、すぐにも出かけよう!(二人退場)
第二幕
第一場 この地域で一番偉い人の、大きな屋敷、屋敷内
男と女。女は男の腕に腕をまわしている。屋敷に招かれた人達。屋敷の主人。
男 くれぐれも、そそうがないようにね。
女 はい、わかりました。
男 (主人を見つけて)あっ、あれがこの屋敷の主人だよ。挨拶に行こう。(近寄り、頭を下げて)はじめまして、お招きいただきありがとうございま――
この地域で一番偉い人 (女が、近くの水槽の中に手を突っ込んで魚を触っているのを見て)おい! 君! 何をしとるんだね! やめないか!
女 でも、この子は、弱っているから。
この地域で一番偉い人 弱っている? じゃあ、なおさらやめないか! おい、警備のものを! はやくつまみ出せ!
男 (あいだに入って)すみません。違うんです。悪気はないんです。この娘は、本当に、弱っている魚を心配しただけで、悪いことをしようというつもりではないんです。びっくりされたかも知れませんが、本当に、悪気はないんです。僕が謝ります。申し訳ありませんでした。
この地域で一番偉い人 悪気がない? 悪気が有るか無いかは、問題ではないんだよ! 物事というのは、結果だけなんだよ! 心でどう思っていようが、結果よからぬことになっているではないか! こころの話なんてどうでもいい!
男 申し訳ありません。
この地域で一番偉い人 ふん! まあいいだろう。こんなことで怒って、私が、度量の小さい奴だと、思われるのも困る。許してやろう。(女を見た後に、男を見て)――ところで、最初に見たときから思っていたが、君はいい雰囲気をもっているね、貴族の出身かね?
男 いいえ。
この地域で一番偉い人 そうかね。君には、品が、感じられるがね。貴族の出ではないのか。生まれつきの、品などあるんだろうか? そうだ、君、半月後に、城でパーティーがある、普段私のような地位でも、呼ばれることがないが、今回はたまたま、お呼びがかかった。が、もともと貴族でない私は、自分に多少自信がなく、困っていたとこだ。君がいれば、多少、私も華のある感じになろう、どうかね? 一緒に来てはくれないかね?
男 はい。喜んで! しかし、物を言える立場ではないですが、ひとつだけ、条件があります。
この地域で一番偉い人 条件? どんな?
男 (女を見て)この娘も、同行してよろしいでしょうか?
この地域で一番偉い人 それはいかん。さっきのようなことをされては、私の面目丸つぶれだ。
男 でしたら、申し訳ないのですが、僕も同行できません。
この地域で一番偉い人 どうしてもか?
男 はい。僕がちゃんと、彼女をよく見ています、心配いりません。それに彼女は、本当にいい人なんです。
この地域で一番偉い人 うーむ。恋をすれば、どんな悪人も、いい人に見えるものだよ……わかった、その条件のもう。
男 ありがとうございます。(一同退場)
――数週間経過
第三幕
第一場 城、城の庭
男と女。女は、男の手をつないでいる。屋敷の主。城に招かれた人達。王。従臣。
屋敷の主 (男と女に向かって)くれぐれもそそうがないようにな。
男 はい。
――数時間経過
第二場 前場と同じ
男と女。屋敷の主。城に招かれた人達。王。従臣。大きな枯れかけた木がある。木の周りに人だかりができている。
屋敷の主 (男に向かって)そういえば、あの娘は、どこにいる?
男 そういえば、ほんのさっきまで、ここにいたのに。(辺りを見回しながら)おーい、遠くへ、行ってはいけないよ。どこにいるんだい。おーい。(木の周りの人だかりに気づき)あそこに、何か。行ってみましょう。
王 (女が、大きな木を、手を広げて抱きしめているのを見て)これ、そのほうは、そこで何をしておる。
女 この子が苦しんでいるから。
従臣 おい! 王様に、なんて言葉遣いだ。
王 木が苦しむ? 聞いたこともないが?
従臣 おい、衛兵を、はやくこの小娘をひっ捕らえろ!
男 (あいだに入って)失礼の段、お許しください。私がすべて悪いのです、私が目を離したばかりに、この娘ではなく、私を、捕まえてください。罪は私に、ですから罰も私に。
屋敷の主 いいや、二人をつれてきたのは、わたくしです、罪は私に。
王 (衛兵が三人を捕らえよとするのを見て)何をしておる、誰の命令だ! わしは捕らえよなどとは、一言も言っておらぬぞ。
従臣 しかし――
王 かまわぬ。わしの命令だ。それでも聞けぬというのか?
従臣 いいえ、とんでもございません。出すぎたまねを、お許しください。
王 忠誠心ゆえであろう、その忠誠心に礼を言おう。(従臣敬礼する)――(女に)それで、そちは何をしておる、木の苦しみとは何だ? 木が苦しむなどということがあるのか? この木は苦しんでいるのか?
女 (大きな木を、手を広げて抱きしめながら)この子が苦しい、苦しいって。
王 言っておるのか?
女 (うなずく)
王 そうか。そちは、木が好きなのか?
女 生き物はみんな好き。かわいいから。(木を強く抱きしめたあと、男の方に行き男の手を握る)
王 そうか、そうか。(女を見た後に、男を見て)――ところで、最初に見たときから思っていたが、そちは、魅力のある顔つきをしておるな、名のある貴族の息子かね?
男 いいえ。
王 本当か?
男 はい。
王 わしも、色々、人を見てきたが、その顔つきは、どこかでみたな……英雄の顔つきだな――そうだ子供の頃に、憧れた、英雄の顔だ。そうだそうだ、思い出した。わしもその英雄のようになろうと、思った時期があった、いつしかおのれのふがいなさに、そんな夢もわすれてしまっていた。なあ、そち、わしに仕えてみる気はないか? そなたの未来には、輝かしいものが見える。いやしかし……わしの下にいて、くすぶるのも、もったいないな、そうだ、半年後に、わしら王の位のものでも、限られたものしか会えぬお方に、会える機会を頂いているのだが。ここではわしが一番偉いが、世界は広い、上には上が、いてな。王として、偉そうにしていたが、内心は、心細くもあった。一緒についてきてはくれまいか?
男 私のようなものがよろしいのでしょうか?
王 もちろんだ。
男 しかし、条件がございます。
王 なんだ? 言ってみなさい。
男 はい。ここにいる彼女と、それから、(屋敷の主人を見て)この方を、一緒に同行させていただけないでしょうか?
屋敷の主人 私も?
王 うむ、そちがそういうのであれば、かまわぬ。
男 ありがとうございます。
屋敷の主人 ありがとうございます。(一同退場)
――数ヶ月経過
第四幕
第一場 山、世界中から限られた人しか来ることができない山の頂にある宮殿
男と女。女は男の腕に腕をまわしている。屋敷の主人。王。宮殿に招かれた人達。大きな時計がある。壊れていて、止まっている。
女 (壊れた時計に息を吹きかけている)
王 これこれ。
宮殿の主登場。
宮殿の主 わっはっは。文字通り、息を吹きかけて、命の息吹を与えようというのか、お嬢さん。(王、その他、敬礼する)その時計は、もう止まってから、ながい――どのくらいだったかな? 時を知る時計が、止まっていては、時を知ることができないな、まいったまいった、わっはっは。まあ、息を吹きかけたくらいでは、直りはしない。しかし、お嬢さんは、壊れた時計を直そうとしてくれた、その優しいこころに出会えたことに感謝しよう! 生きているあいだに、あとどれだけ、優しさに出会えるだろうか? ああ、ありがたいありがたい!
屋敷の主人 失礼ながらお聞きします。あなた様が、この世で一番偉いお方ですか?
宮殿の主 わっはっは。私が? 偉い? この小さな地域だけで、一番というだけだよ。あとのほかの場所のことは、私は知らない、知らない。ただ、他の場所のどこよりも、ここの小さな地域が、偉いと言うのであれば、まあ、一番かもしれんがね。わっはっは。私は、目の前のことにしか興味がないのでね。自分ができるだけのことに、的を絞って、注力しているだけだよ。人ができることには限りがあるでな。それに偉いのは、さっきのお嬢さんみたいな心を言うんだ。人が、偉くなったところで、ろくなことにはなりはしない。自分の偉さに酔っ払って、足元がおぼつかなくなるだけさ。さあ、われわれは、足元をしっかり見て、こころをしっかり大事にして、進もう。進んだ先の宮殿でお茶でもどうかな? わっはっは。ああ、ありがたいありがたい。(一同退場)
第二場 山、世界中から限られた人しか来ることができない山の頂にある宮殿、宮殿内
男と女。女は男の腕に腕をまわしている。屋敷の主人。王。宮殿に招かれた人達。宮殿の主。
宮殿の主 (男と女を見て)そういえば、気がつかなかったが、二人は、変わっているな。
男 そうでしょうか?
宮殿の主 自分では自分がよくわからないからな。鏡を見たところで、こころが映るわけでもないからな。しかし、変わっているな。私も変わっている変わっている、と言われるが、(男と女を見て)もっと変わっているように見えるな。どうだ、変わり者同士、変わり者の頼みでも聞いてくれぬか?
男 なんでしょうか? 私にできることなら。どんなことでも。
宮殿の主 一番偉いという話が出たが、あれは嘘だ大嘘だ。
男 え?
宮殿の主 私は小物の中の小物。上が、手が届かぬどころか、その影さえ見えぬ、上がおられる。ここは、山の頂上だが、実は、まだ本当の頂上ではない。まだ上にのぼっていけるのだ。そして、そこには、二人おられるそうだ。
男 お二人?
宮殿の主 そう二人、一人が付き人で、もう一人のお方が、本当の偉い人。この世で一番偉い人。どうだ会ってみたくはないか?
男 そのようなことが、できますなら、ぜひ会ってみたいです。
宮殿の主 じゃあ、その場所まで案内しよう、しかし、上れるかどうかは、会えるかどうかは、自分次第だ。よろしいかな? 小物の私もついていってもよろしいかな? わっはっは。
男 小物のなどとはとんでもない。よろしくお願いします。(一同退場)
――数日経過。
第五幕
第一場 山、世界中から限られた人しか来ることができない山の頂にある宮殿の上の宮殿、宮殿内
男と女。女は男の腕に腕をまわしている。屋敷の主人。王。下の宮殿の主。
下の宮殿の主 まさか、本当の、変わり者だったとは! 噂でしかない、話の中だけの存在だと、半ば疑っていたのだが。まことだったとは! そなたの、変わり者度合いは、世界一じゃないのか? なぜなら、今まで誰も行ったことがない場所に行けた、唯一の存在なのだから。常識である世界中の人々に対しての、非常識の人、すなわち世界一の変わり者であろう。いやはや、あっぱれあっぱれ。
宮殿内に鳥が数羽入ってきて、女の周りを飛ぶ、しばらくして、鳥たちは、宮殿の外に飛んでいく。それを楽しそうに女も追いかけて、宮殿の外へ行く。
男 ちょっと待って――
屋敷の主人 別に危険もないだろう。それに正直、これからこの世で一番偉い人に会うのに、そそうがあっては大事だろう。
男 彼女には悪気がないんです、それにこころの優しい、いい人なんです。本当なんです。
屋敷の主人 ああ、それは私も分かっているよ。さあ行こう。(奥に進む)あの、もし、どなたかおられませんか?
奥から一人の男が現れる。
下の宮殿の主 あなた様が、この宮殿の主、この世で一番偉いお方でございましょうか?
この世で一番偉い人の付き人 いいえ。私ではありません。
下の宮殿の主 お願いです。そのお方に、会わせて頂けませんか。
王 お願いします。
屋敷の主人 お願いします。
男 お願いします。
この世で一番偉い人の付き人 残念ながら、あの方は、ここには、おられません。どこに行ってしまわれたのかも分かりませんし、もしかすると、もうここには、お戻りにならないのかもしれません。
男 何かあったのですか?
この世で一番偉い人の付き人 はい。私たちはここで、長い間、世界の平和を見守っていました。世界のバランスが保たれるように、人々が、幸せであるように。その日が来るまでは。突然でした、あの方が、いつものように下界を眺めておられると、突然、驚きになって――あの方が驚くのも初めて見ましたが、そのままひとつのところをじっとお見つめになって、息も止まったように、瞬きもせず、あの方の時間が止まったように、いいや、動いているこちらの方が、間違っているとでも錯覚するように、じっとお見つめになって、まるで、自分をそして世界を忘れてしまったように。じっとお見つめになったまま、そうして、何日もそうしておいででしたけれど、ある日突然、この場所を離れてしまわれました。それきりもう。ああ、先ほど、どこに行かれたのか分からないと申しましたが、行かれた場所は――
男 その見つめられておられた場所。
この世で一番偉い人の付き人 ええ、そうだと思います。何がそこにあったのか、今では、それを知るすべはありませんが。せっかくお越しいただきましたが、ここには、あの方は、おられません。
下の宮殿の主を残し、みんな宮殿の外に出ようとする。そこに、ちょうど、女も来合わせる。
この世で一番偉い人の付き人 まさか! そんな!
下の宮殿の主 (驚いている付き人を見て)どうなされました?
この世で一番偉い人の付き人 (女が男の手をつないで、笑顔で男と話しているのを見て)そうですか! そうですか! それはよかった! あのお顔だと、世界をお嫌いにもなっておられない様子、よかった。ああ、よかった。てっきり私はこの世界をお嫌いになったとばかり……ああ、よかった。
下の宮殿の主 何が、どうよかったのですか? 私には、なにがなんだか。
この世で一番偉い人の付き人 いいえ。なんでもありません。お気になさらないでください。(一同退場)
弱っていた魚は、元気に泳ぎだし。大きな枯れかけた木は、若返り、綺麗な花を咲かせ。止まっていた時間は、動き出す。