暗闇にろうそくを照らし、私はパラパラと本をめくる。江戸時代に著された小説で、当時の恋愛や旅情がありありと描かれている。もう何度も読んだ本だ。なぜ作者はこうも『恋』と『旅』という主題を、滑らかに一部の隙もなく融合させることが出来たのだろう-、最初にその本を読んだときは話の面白さに感動し、4度、5度と読み返す頃にはそう感じたものだった。そしてこうも思った。
-なぜ私はこんなにも、この2つの主題に惹かれるのだろう?
本当に何故だろう?おそらくそれらはどちらも、“青春”を私に喚起させるからだ。夜汽車の車窓から見えた農村の灯り、祭りのあとに流れる寂しい風の音。青春とは同じ時代を生きた者同士だけが交わせるもので、きっと風景とは不可分なのだ。
では自分の、この大正の世を生きる私の青春はどうか?思い返せば元華族の次男という重圧に耐え、責任を全うすることだけを考えて生きてきたように思う。おおよそ、自分の意志で何か成し遂げたということも、熱い情熱を抱いたこともない。目を瞑って浮かぶ景色は白黒で、色あせていた。
-しかし今はどうだろう?
私の心は今までになく、不思議なほどに踊っている。目の前の死体を前にしても、それは変わらない。もう動かなくなったその女は、カッと目を見開き、鬼のような形相で空を睨んでいる。このような場面、怪奇小説で読んだ時はずいぶんと怖がったものだが、今は不思議と何も感じない。
-人を、殺してしまった
いかなる理由があっても、許されないことだ。生来臆病な私なら、怯え、取り乱し、罪の意識に苛まされていたはずだ。しかし、今の私はとても落ち着いている。冷静にどう隠ぺいしてしまおうかと、算段を働かせている。
死体は上手く隠せるのか。いや隠せたとしても、私の仕業とバレる可能性はある。そうなれば追われる身だ。だというのに、私は幼少の時分に遠足の準備をしていたころのような、強い高揚を覚えている…
-ああ、そうか
夜が更けるのを待つまでの暇つぶしで読んでいた小説だが、そのおかげで気が付くことができた。そう、私はいま、初めて旅に出ようとしているのだ。使いぱっしりで全国を行脚したようなものではない、本物の旅を。
「さて、車で運ぶとして、どこにどう隠したものか」
そう呟きながらろうそくの火を消し、窓辺から外を見る。月明りすらない暗闇は、しかしこれまでになく色鮮やかだった。