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北アフリカ大洋 2021-06-06 オリジナル 作品を通報する

駆澄の街を歩く(前編・後編)

サブキャラとして焼本輝八を置いた書き溜め中の作品「風に乗るは花の若葉か」より、主人公の街ブラ回です。 主人公は「市川咲良」という名前で郷土史や散歩などが好き、というキャラクターです。 彼女は物語冒頭に...

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まだ柔らかい日差しをはねのけるように鉄の箱が走る。休日ならではの楽しみや高揚感を乗せて市街の間、レールに沿って目的地へと走り去っていく。ひとたびそれが止まれば中から雑踏が溢れだす。そこには趣味を全うせんと小さなリュックの背負い紐を握りしめ、ビルを見上げる少女がいた。 (こういった風景も魅力的だけど…そればっかりに気を取られては意味ないよね。これからもお世話になるであろうこの街について、歩んできた歴史についてより多く知っておかないと。よし、行ってみよう!)。 気合を入れるようにリュックを上げると歩みを進め、改めて街へ出る。駅の東口からはバスターミナル上(うえ)の広場といくつかのビルを挟んで大通りが目の前にある。その中には何度か訪れた「あきもと堂」もあり、それゆえ学生の手近な遊び場として人気がある。もうあれから柿沢環のグループと放課後に遊びに来たりもしていた。その屋上、街の案内板を改めて見上げる。要所の紹介はしつつ、そこそこにまで細かいところまで書き込まれている地図は彼女にはありがたい情報が多くある。 (これほどの街なのに川の流れには手を付けた感じがしないんだよね、せいぜい護岸工事くらいかな。それどころかこれだけ大きいのに工業地帯もこの川を避けて建っている感じがするし…で、川下に神社ね。…) 暫く立ち止まって考えたのち、咲良は顔を下ろし、歩き出した。が、少しバランスを崩したので日陰に移動する。冷たい飲み物でも飲んでから出かけようかな。 そうしてあきもと堂を後にし改めて街に出るとビル街は案外広くなく、1,2階建ての建物が増えてくる。道の先には護岸を兼ねた歩道が見えた。川まで歩いていくとそこでは多くの子供が遊んでいた。ゴミは一つも見当たらない。そして気付いたことがある。 (橋から川に橋脚が下りているものが無いね。殆どがアーチ橋だっけ?それになってるね。川岸も自然のままを残す形で護岸が築かれているし…) そう考え川を眺めながら携帯を確認する。伝承研究会のグループチャットを開けると、添付資料から地図の写しや昔の写真、絵などを確認していく。振り返って周りを確認してみると川に隣接する土地はベンチを数個のみ残す空き地が挟み込むように並んでいた。 …そろそろどこかに寄って休憩でもしようかな。そう考え空き地を渡って咲良が訪れたのは『灯見堂』の看板を掲げた店だった。川を臨みつつ日陰になるような席に腰掛けるとおばあさんが注文した料理を持ってきた。…頼んでないもう一人分はおばあさんの分なのだろう 「ありがとうございます。ところでこの川って言い伝えみたいなものは何かあるのですか?」 咲良がそう問いかけるとおばあさんは目を丸くし、何やら嬉しそうに咲良の対面に腰掛けた。 「おや、そんなことを気にするかい。そうは言っても私ぁ詳しいことは知らないね。ただ、この川を主役にする祭りがあるんじゃよ。確か…」 「『川龍迎(せんりゅうむかえ)』…でしたっけ?」 「おおそうじゃそうじゃ、よく知っておるのう。毎年6月に行われるんじゃが、そこの空き地に屋台がうんと並ぶんじゃよ。食べ物の屋台は勿論のこと、他の祭りでは屋台に出さんものもあるんじゃ。それはな…」 「傘ぁ!!」 そう言ってこちらに向かって和傘を広げてくる幼い声が隣に居た。振り向けば近くに傘があったので驚いて危うくお茶をこぼしそうになる。 「健太!お客様になんてことするんだい。‥すみませんねぇ、うちの孫が。」 「いえ、大丈夫です。幸いにも服は汚してませんので。ところで…」 「うん本当だよ、お姉ちゃん。この傘も父ちゃんに買ってもらったんだ。模様を描くこともできるんだよ。これは…」 「これ健太!旅行のものを困らせるんでない!ったくわざわざ遠くから来たのに悪いね」 「あ、いえ…私、二駅離れたところに引っ越してきたんです。近くの街だから知っておきたくて。」 「へぇ!それはそれは嬉しいもんじゃ。せっかくこちらに来たからには是非とも参加してもらいたいもんじゃな、『川龍迎(せんりゅうむかえ)』にのう。」 そういった感じで楽しく話しながら昼飯時を過ごした。会計を済ませ、おばあさんたちに別れを言うと咲良は川下へ向かって歩き出した。…先程の会話では川龍迎についてこう言っていたかも。 ―川龍迎(せんりゅうむかえ)が終わったら駆澄神社の川龍様へ挨拶参りに行くのも忘れるんじゃないぞえ。 川について知るなら寄ってみるのもいいのかな。よし、行ってみよう。 そう意気込みながら咲良はスマートフォンの地図を頼りに駆澄(かすみ)神社へ向かっていく。気分を少し変えて市街地へ入ると、一旦周りの風景に目を向けてみる。昔ながらの街並みを残したと思われるそれにふと立ち寄って世間話でもしたくなるような、そんな気分を駆り立てさせる。…あれ?これってもしかして。そう感じ改めて街並みを観察してみる。 (確か、この街って街道の中継地点として機能していたよね。足を休めるのに気兼ねなく立ち寄れる雰囲気を出してたのかな。駆澄って旅人の休憩所として発展していったと聞くし…) そうなどと考えながら、気付けば一つの店の前で立ち止まり、店先の細工達を熱心に見ていた。ふとやや低めの男の声が頭上から咲良へ語りかける。 「おう、そいつらが気になるかい?」 「はい。これ、お兄さんが作ったんですか?」 「嬢ちゃん、遠慮せずにジジイで結構だぜ?それに残念ながらその質問はハズレだな」 顔を上げると少し年季の入った、しかしジジイと呼ぶにはまだ早そうな男が軽い笑顔でこちらを見ている。前かがみの状態では顔を見れない程度には背は高い。 「じゃあ、これは」 「カミさんの作品よ。作業の合間に拵えて店先を飾るのさ。まぁ、それでも腕は俺も油断できん程度には一級品だ。」 「そうなんですか。そういった作業が良い息抜きになるんでしょうね。」 「いんや、逆だよ。細かい作業作っとけば仕事も息抜きとしてラクに取り組めるんだとさ。そういった発想が出来るのも俺が惚れ込んだ理由よ。」 「息抜きにしてしまう、か。…ガラス細工は鍛冶と勝手が違うと思うんですけど」 「細けぇことは気にしないってことだろうな。そもそも両方親から引き継いだらしいから伝統の一環ってことだろうよ。この家を知ったのも伝統的なもんの憧れってのがあるからな。」 「伝統…もしかして刀工の家系、でしょうか?」 「お?よく知ってんな、当たりだ嬢ちゃん。どうして知ってんだ?」 「ちょっと興味が湧いて調べてたりしてたんです。あるテレビ番組を見てから色々な場所を散歩し、その町の郷土を知るというのにちょっと憧れを持ってまして。」 「なるほど、動いてみようって考えた結果こうして歩いてる訳か。っと話がずれるところだった。聞けば昔駆澄では鉄鉱山が開発された時期があったらしくてな。うちはその時に駆澄に移住してきた刀工の一人だったらしい。鉱山の廃鉱に伴って多くが駆澄を離れたが一部はそのまま駆澄に住み着いた。そういう流れのもんだよ。」 「結構詳しいんですね。」 「ガキ時代の好奇心の力、かな。カミさんとはその流れで仲良くなった縁よ。」 「懐かしいわね。目を輝かせてあたしへのしごきを毎日見に来てたかしら。いつの間にかあんたは隣に居てそのまま炎前の腐れ縁だなんだ…」 「そりゃあ今はいいだろ!って仕事終わったのか?」 「終わったよ。ってまぁ、客相手に油売ってるあんたを咎められるような感じじゃないけどね。」 いつの間にか奥さんらしき女性が顔を覗かせていた。文句を返しながらも笑顔で答える二人の様子を見るに仲は良さそうである。 「いらっしゃいお嬢ちゃん。今日はどんな用事かな?」 「あ、すみません。特に用事は無かったんですがすごくよくできたガラス細工だなと思いまして。」 「へぇ、うれしいこと言ってくれるじゃない。」 そうしてしばらく話し込んだのち、その夫婦に別れを告げて再び神社を目指す。細い路地をいくつか抜け、進んでいくうちに小さな鳥居を見つけた。 鳥居の正面に立つと水面に反射した光がこちらを出迎える。その奥には反射光を避けさせるようにして川の中に大岩が鎮座していた。それを囲うものは路脇の地蔵様より簡素でありながら拝殿の中に拝む大仏のような印象を与えた。 「お、珍しいな。駆澄神社を見に来たクチか?」 そう声を掛けられて振り返ると竹箒を持った私服姿の男がいる。 「あ、はい。川の歴史に興味が湧いて散歩してたんです。」 「なるほどな…まぁ、地元の人間なら立ち止まらずにあの"川龍岩"へ拝みに行くんだ。だから地元ではないって思ったわけさ。もっとも美大の学生が風景描きに選ぶことも間々あるからあんたもそうかと思ってた訳だが。」 確かに見とれていたのは事実だ。頭を掻きながら笑って返すと男はこう切り出した。 「で、歴史巡りに来たのなら一つ噺をしてやろうか?まぁ、絵描きに話す程度のものだから脚色も多いと思うがな。」 「あ、是非お願いします!」 「じゃあ、遠慮なくいくぜ …かつてこの町は貧しい村であった。村人は川に寄り添い、川の恩恵にあずかって生活してきた。彼らの楽しみは時々この村へ足を休めに寄ってくる旅人の土産話だ。何度も世話になった者が彼らの助けにと物を持ってくることもあった。 だが川の勢いは少しずつ弱くなっていき、何時か川は枯れてしまうのではないかという不安が村を包むようになった。そして村人の殆どが危機感を抱くようになったある時、一人の村人が川の中にキラキラ光る大岩を見つけた。不思議な存在感を感じたその者は時々その岩の所に来ては祈り、岩を磨くようになった。その者を不審に思う人間は不思議といなかったらしい。 大岩が現れてから数か月後、梅雨の時期になったが雨はさほど降らなかった。そんなあるとき、その村人は件の大岩に祈っていた。すると急に空が曇り、光を放って一匹の龍がある山に降り立つと勢いの弱かった川を駆け、大量の水を引き連れて大岩に飛び込んでいった。以降その川は大量の水を一気に流す河川へと変わり、やがて村に活気を呼び込んだそうだ。その逸話から龍が駆け澄んだ水を運んで行った伝説の残る地、駆澄と呼ばれるようになったんだそうだ。大岩も"川龍岩"と名付けられ、今に至るまで親しまれてきたって訳だ。」 あの後も長く話し込んだ。聞けば大岩に祈り続けた村人はそれ以降、代々川龍岩を管理してきたのだそうだ。また、龍が降りたとされる山からは鉄が採れた時期もあり、それに寄せられるように職人が移ってきたこともあったらしい。そうして栄えた街なのだそうだ。…龍が存在するのだとしたら、村が発展し街になった後も、今に至るまで見守ってくれているのかな。 そんなことを考えながら窓の外、夕日に照らされた川を、街並みを咲良はぼーっと眺めながら、バスに揺られるのであった。そんな時間ももうすぐ終わる。 「次は終点。駆澄駅前、駆澄駅前。忘れ物の無いよう十分注意しての下車をお願いいたします」


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