序、
都会は恐ろしいところだ、とお母さんはよく私に言って聞かせた。
幼いころは特に疑問に思わなかったが、今思えばかなり変わっている。
いや、人間や天使、妖精の親がそう言うのはもしかしたら世間一般的によくあることかもしれないが、私の家庭はサキュバス一家だ。
サキュバスと言えば人の欲望こそが糧であり、都会は本来、私たちにとって最も適した環境であるはずだ。
魚が水を怖がり鳥が空を避けるようなものじゃないかと思う。
なのにお母さんは、少なくとも私が物心ついたころから都会がいかに住むべき場所ではないか、人の心が荒み食事が美味しくないかを説いてきた。
お父さんも特にそれには何も言わず、暗黙の裡にそれに同意しているようだった。
ともかく、幼少の頃よりそう教えられて育ったし、何より住んでいたド田舎には当然、他のサキュバスなんて見た事が無かったので、私もまあそんなものかと思っていた。
15歳になった、あの日までは。
1、
「ねえねえ!エリカはもう宿題やった?」
学校からの帰り道、親友のモニカがそう聞いてきた。宿題なんてあっただろうか?
「宿題なんてあったっけ?・・・数学?」
私は割と忘れっぽい。嫌なことならなおさらだ。まあこう言われて思い出せないということはたいした量の宿題ではないだろう・・・いや・・・うん・・・?何かとてつもなく重大なことを忘れている気がしてきた。だんだん頭と気分が重たくなってくる。
その様子を察してか、モニカはあきれ顔で言う。
「やーっぱり忘れていたでしょ。『将来の自分』について作文提出しろって前から言われてたじゃない。ものすごーく長いの出さなきゃいけないんだから」
!!!
一気に思い出した。そういえばそんなものが三か月も前に出された気がする。
具体的な文量は覚えていないが、(大学の卒業論文か?中学生にやらせる量じゃないでしょ・・・)と悪態を心の中でついた事は鮮明に思い出した。
「どうしよ・・・何もやってない・・・」
「え!?一行も?提出は3日後よ?」焦りが伝染したのか、そこまでと思っていなかったのか、モニカも若干顔が引きつっている。
「一行どころか、一文字も書いてない!どうしよおお~」
泣きつく私にハァー、とため息をつくモニカ。
「分かったわよ、じゃあ徹夜で終わらせましょう。私も付き合うから」
「モニカ・・・ありがとううう心の友よ!」
思わず涙目になりながらひっつく私。
「あーもう・・・次からちゃんとメモとってスケジュール管理しなさいよ?でないと・・・」
少しくすっとした笑ってモニカは言う。
「このままだと『将来』大変なことになっちゃうわよ?」