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オリジナル 2021-09-19 この作品を通報する
氏原ソウ 2021-09-19 オリジナル 作品を通報する

【大妖怪スイーツ喰らい】第1話 ①

私たちには美味しいスイーツが必要なのだーーそう、生き残るために! 絶品スイーツを食べ続けないと死ぬ呪いをかけられた妖怪コンビが、日本の甘味を喰らい尽くす!

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大妖怪スイーツ喰らい

 お団子、最中、お煎餅。お餅、大福、水ようかんーー  私たちの暮らしている、自然豊かなこの国には、何千年もの昔から、たくさんの美味しいお菓子があふれていました。  人間が生まれた古代から、食事とは常に生きるよろこび。  この国の人々は、思い思いに工夫を重ね、たくさんのおいしい食べ物を生み出してきました。  甘くて柔らかく、綺麗な色をしたお菓子は、人びとを魅了し、かつての日本ーーまだ人間が、神や妖怪たちと隣り合わせで暮らしていた時代には、彼らと共に分かち合い、この豊かな文化を楽しんでいたのです。  たくさんの妖怪や神々が人間と共に生き、共に食という楽しみをわかち合う。  私は、そんなこの世界が大好き。  でも今では、そんな妖怪たちも姿を見せなくなってしまいました。彼らはみな人々に必要とされなくなり、知らないうちにどこかへ消えていってしまったのでしょう。  私はそのせいで、かわいい人間たちが、いつか本当に苦しい目に遭ってしまうのがよく分かっていました。  だから私はーーあの子たちにひとつ、面倒な呪いをプレゼントしたのです。  どうかこれからも、美味しいものをたくさん食べて、人間たちを愛してください。  私の、大切な友達ーー _______  人の姿などどこにも見えない、中国地方のとある山のふもと。  夏と言うにはまだ少し太陽はやさしく、穏やかな陽気が、見晴らしの良い空を包み込んでいた。  強い日差しが、道をゆっくりと歩く二人の人影をかすかに揺らす。  周辺には建物のひとつもない。  この前まで東京の真ん中で過ごしてきた二人からすると、まるで別の世界に飛んできてしまったかのような感覚。とはいえ、もう2週間もこの辺りにいれば、そんな風景にも慣れるし、もっと言ってしまえばーー単純に、飽きてきた。 「……ねえ、シキちゃん。次はどこに行こうか」  山の入り口からどこまでも真っ直ぐに続いていく道を歩きながら、小さく囁くような声でリンが呼びかける。 「そうだな。とりあえず、また東のほうに戻って……まあ、次のことはそれから考えればいいや」  もう一人ーーシキ、と呼ばれたほうは、大して考えようともせず、ぶっきらぼうに答えながら歩く。  二人は並んで歩いてはいるものの、その身長の差は大きく、背の高いシキにリンが付いていくのは大変だった。早歩きになりながらも、ポケットから袋に入った羊羹を取り出して、ひとつシキに手渡す。 「ありがと。ーー食べすぎちゃだめだよ、リン」 「大丈夫……シキちゃんこそ、ちゃんと食べなきゃダメだよ。放っておくと、何も食べないんだから」 「分かってるって」  二人の旅人は、2週間前にこの山にやってきてから、見つけた洞穴の中で何をすることもなく、のんびりと暮らしてきた。これが二人の趣味のようなものだった。  荷物も少ない。リンはリュックを背負っているが、シキは鞄どころか、財布のひとつも持っていない。食料も、非常食代わりに持ってきた日持ちのする羊羹を食べていただけだが、それもだんだん少なくなってきたので、ふらふらと麓に降りてきたのだった。  二人は取り留めもない会話を続けながら、のんびりと長い道を歩いていく。  辺りには電車もバスも通っていないような田舎だが、時間をかけてゆっくり歩いていけばいい。  どうせ、私たちには急ぐような用事なんてひとつもないんだから。 「平和だな」 「うん」  少し蒸し暑いような気もするが、大して気にならなかった。シキは大きな丸い金ぶちの眼鏡越しに、のどかな田舎の景色を眺める。リンは、手に持ったお菓子の袋を開けた。  ここに来る途中にわざわざ寄った、京都の名店で買った綺麗な羊羹を太陽に透かしてみる。宝石のような青色をしていて、こうして手に持っていると、それだけで何か、人ならざる不思議なものを惹きつけてしまいそうなほどーー 「すみませーーーん!」  不意に後ろから声がかかって、二人は振り返る。  向こうから走って近づいてくるのが若い女の子だったので、リンは驚いた。  この辺りに来てからも、時おり山から降りて辺りを散歩していたので、人と会うこと自体は少なくもなかった。  何もないような場所にも、住んでいる人というのはいるものだ。シキたちは、人より目立つ格好をしているためか、そうした人たちと立ち話をすることも多かった。  それでも、若い人間と話をすることはなかった。この2週間、見かけたこともなかったはずだ。  服装を見ても、おそらく地元の人間のはずだとシキは思った。遠くの学校に通っている娘が、休日に実家にでも帰ってきた、という感じだろうか。 「あの……旅の人ですよね。この前からここにいる」  少女は二人のことを見ながら不思議そうに問いかける。 「まあ、そんなところかな。これから帰るんだけど」 「珍しいですね。ここ、何もないでしょ? 普段は誰も来ないのに」 「そういう所に来たくなったんだ。……もう飽きちゃったけどさ」  シキの物言いがあまりにも失礼だったので、横で黙っていたリンが脇腹を殴る。少女のほうは、自覚はあるのだろうか気を悪くした様子もなかった。 「……子供なんて珍しい。このあたりの子なの? 小学生?」 「うん。そんなところ」  リンが問いかけると、少女は頷いた。 「実は私、ちょっと困ってることがあって……手伝ってくれる人を探していたんです。  この辺りには人なんてほとんど居ないし、どうしようかなって思ってたら、二人の姿が見えて……お姉さんたちは若いし、力もありそうだから、時間があったら協力して欲しいな〜、って思って」 「へぇ」  シキは、リンのほうを見下ろして目配せをする。リンも気持ちは同じみたいだった。  まったく、不思議な縁、というのもあるものだ。  シキは屈んで、少女と目線を合わせると、大きな金縁の眼鏡越しにその顔を見つめながら答えた。 「いいよ。どうせ時間なんて、余るほどあるんだから」 「本当ですか!? ありがとうございます!」  少女は、にっこりと笑う。  たまには、人助けをするのも悪くないーーそんな気がした。 「キミ、名前は?」 「はい! わたし、コウコって言います!」  なんだか、不思議な子供だな。  一瞬そう思ったが、二人はすぐに忘れた。  暇つぶしが出来るなら、なんでもいいや。  コウコに連れられ、二人はふたたび山の中へと入っていく。  コウコは人懐っこく、初対面の風変わりな旅人にも物怖じせず話しかけてくる。 「お姉さんたち、何をしてる人なの?」 「んー、なんだろうね。いろいろ、って感じ」 「最初は学者さんかと思ったけど、綺麗な人だし、ドラマの撮影とか?」 「そんなんじゃないよ。まあ、学者に近いのかな。事情があって、日本じゅうを見て回ってるんだ」 「へぇー……小さいほうの、あなたも一緒?」  コウコは、シキと並んで歩いていたリンのほうを見て話しかける。 「まあ、親戚、みたいなもの……かな」 「でも、子ども、だよね? 学校には行ってないの?」 「行ってない。私もいろいろあって……」 「へぇー。そういう子もいるんだ。いつもは何してるの?」  コウコに問われると、リンは首を傾げて少し考えてみる。  そういえば、私は何をしているんだろう…… 「……美食家? 世界中を回って、美味しいお菓子を食べてる」 「あはは、何それ」  コウコはよく笑う子供だった。  身長140センチにも満たないリンのことを気に入り、よく話しかける。同い年くらいの子だと思ったのだろう、いろいろな話を聞きたがる。 「でも、私もお菓子、好きですよ〜。  あのね、おいしいものを食べてると、私……生きてるな〜って感じがしてくるんです」  コウコの言葉に、リンも強く頷く。 「この辺りに、美味しいお菓子はあるの……?」 「無いですよ。この辺りじゃ、ロクなお店なんかありません。  ねえ、さっき、なにか美味しそうなお菓子食べてたよね? 綺麗なやつ!」 「これのこと?」  リンが、ポケットの中から綺麗な色の羊羹を取り出す。 「……良かったら、ひとつあげる」 「いいの!? ありがとう!」  小さな手と手が重なり、リンからコウコに四角い包みが渡る。日持ちがするとはいえ、暑い初夏ポケットに入れていた羊羹というのも不安な話しかけるだが、不思議とリンの手元にある菓子はひんやりと冷たい感覚があった。 「嬉しいな。私、こういう綺麗なお菓子を食べるの久しぶり!」  コウコは子供らしく、手渡された透き通る青の宝石を見つめながら歩いていく。彼女の胸のあたりまで伸びてゆるく巻かれた髪が動くたび揺れる。前髪のひと房が長く伸びて、その顔にひとすじ筆を掃いたようになっている。  それ以外はやはり、普通の子供だった。 「それにしても、コウコちゃん、どこまで行くの? かなり奥のほうまで来てるような……」  シキが、荒れ果てた獣道のまわりを見渡しながら言う。もう山の向こうの景色もほとんど見えず、周辺は高い木々に覆われている。  どこかから水の流れる音が聞こえてきて、やがて三人の正面には大きな川が広がった。 「……ねぇ、こういう誰もいない山に来ると。  普通じゃない存在、とかが居るような気がしてきたりしない?」  先を歩くコウコは、急にそんなことを問いかけてくる。 「……コウコちゃん?」  コウコは二人のまわりをくるくると周りながら、リンに手渡された菓子を小さな口で頬張った。口いっぱいに、上品な甘い感触が広がる。 「あー、美味しいな! さすが都会のものは違うよね! わたし、食べるの大好き……」  コウコは二人の後ろにゆっくり回り込みながら話す。それまでと、どこか様子が違う。無邪気な表情は変わらないが、それは優しさというより、悪戯を思いついた子供のような悪意を持っているように、シキは感じた。 「それなら……都会の女の子も、食べたら美味しい味がするのかな?」 「は?」  二人がその言葉の意味を理解しようとするよりも前に、コウコは二人に向かって飛びかかる。およそ人間の動きとは思えない速度、そして腕力で、シキとリンの腹を殴りつけ、後方の川へと突き飛ばした。


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