小青の話。巴蛇の部下達の名前の話です。名前の詳細はこんな感じ。
蠕虫(店長):元は名無し。虫けら的呼称だったが巴蛇から「蛇と蠕虫なら似た者同士」と言われて脳を焼かれて本名にした。
山荒:巴蛇に買われる前の名前は柚香。本人が親に近い本名を嫌がって黒眚とか言い出したので、もう少し可愛くと訂正。
蜥蜴:元の名が飛龍だったが本人は嫌っていた。山荒が「龍が嫌なら蜥蜴にしてやろうか」とからかったのを気に入り、そのまま名前に。
梔子:元の名の乱離を藍李にあげて名無しに。今は幸せを謳歌しているので花言葉をそのままに。犬系の名前だとうっかり藍李の記憶に紐づいてしまいそうという意味で「死人に口なし」も少し。
小青の話。巴蛇の部下達の名前の話です。名前の詳細はこんな感じ。
蠕虫(店長):元は名無し。虫けら的呼称だったが巴蛇から「蛇と蠕虫なら似た者同士」と言われて脳を焼かれて本名にした。
山荒:巴蛇に買われる前の名前は柚香。本人が親に近い本名を嫌がって黒眚とか言い出したので、もう少し可愛くと訂正。
蜥蜴:元の名が飛龍だったが本人は嫌っていた。山荒が「龍が嫌なら蜥蜴にしてやろうか」とからかったのを気に入り、そのまま名前に。
梔子:元の名の乱離を藍李にあげて名無しに。今は幸せを謳歌しているので花言葉をそのままに。犬系の名前だとうっかり藍李の記憶に紐づいてしまいそうという意味で「死人に口なし」も少し。
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「蠕虫って確か、この店に来る前から蠕虫だったよな?」
「ああ。昔は名前っつうか、単なる罵倒としての意味だったがな」
「そうなんだ。巴蛇様の名づけにしては、確かになんとなく種類が違うなぁ、と思っていたけれど」
色情の泥水に生まれ落ち、一度と名前を持たなかった子供は、呪詛に耽る老いた蛇から最初の楔を与えられて管理される。そんな噂話が彼方此方で囁かれる小青で、娼婦と男娼が休憩時間の緩やかな駄弁りに自らの名前を明かしている。蠕虫の名を持つ彼は普段店長の立場に置かれていて、元は借金のカタに老蛇が店に連れてきた青年である。名前と言ってはいるが法的に申請された名前などではなく、物の呼び方を知らなければ利用するにも面倒だと暫定的につけられた音だ。知らない何かを呼ぶ「あれ」だとか「こういうの」だとかと変わらず、個人としての意味は持たなかった。他所で聞けばぎょっとされることもあろうが、彼の生きる世界ではよくあることなので問い返しもされない。
「巴蛇様なら案外つけそうじゃないか? ゴキブリでも助け求めてきたら砂糖水とか飲ませるだろ」
「それはそうかも、僕のパピゴキさんにも脱脂綿で砂糖水あげてたし」
「あの悪夢生物をか……でもまぁ、蠕虫だと大まか過ぎるだからもう一ひねりするんじゃないか。蚕沙とか」
「山荒。言っとくけどその名前、蚕の糞だからな」
蠕虫からの連想ゲームにwormに辿り着き、ゴカイから一ひねりを足してみたら大事故である。山荒は「漢方薬だし有難い名前だろ」と言っているが、そういう問題ではないだろうと蠕虫はため息を吐いた。
「まぁ、巴蛇様に貰ったようなもんだよ。長虫の私と似合いの名前だって褒めてもらってな」
蠕虫が同僚かつ友人或いは恋敵である山荒に軽いマウントを取るものの、その程度で悔しがる山荒ではなかった。山荒は分かりやすく鼻で笑いながら、メモ書きに流暢な書き文字で「柚香」と書いて見せる。
「私の昔の名だ。母親が橙って名前の娼婦だったから、より香りの強い混ざり者の名をつけられた」
「わぁ、綺麗な名前だね。これを巴蛇様が?」
「いや、これは母親がつけた名前。全力で受け取り拒否をして、巴蛇様に買われた際に新しい名前をくださいと全力で駄々をこねた結果、今の山荒ちゃんになったというわけだ」
「巴蛇様が泣いちゃいそうな話だねぇ」
梔子の言葉は即座に目を逸らした山荒から見るに的中らしい。梔子の方は別段、親が勝手につけた名前を拒絶する気持ちは分かるので山荒を責める気はない。単純な事実確認であり、彼としてはどんな名前のラインナップがあったかの方が気になるようだった。
「名前の種類はまぁ、あの頃の巴蛇様は設拉末梨なんて名乗ってたからな。棘のある化物繋がりで、カラスヘビの黒とも重ねて黒眚とかどうです、なんて私が提案したら、さめざめと泣かれてしまい」
山荒の言葉に梔子は苦笑し、蠕虫は飽きれたように溜息を吐く。諸説あるが、黒眚という妖怪には子供を食い殺し女を犯す説もある。娼婦の娘に生まれた末に娼館の商品にされた女性につけるには、皮肉が過ぎて趣味が悪いどころの話ではない。それでも可愛い幼子の願いを最大限汲んだ結果、棘のある動物としての山荒となったようだ。
「私みたいなのには可愛すぎるかとも思ったが、ハリネズミとの違いで会話の掴みが取れるし、気に入ってる」
ふすんと小さく鼻を鳴らし、表情の薄い彼女にしては分かりやすく嬉しそうな表情を見せる。日頃の言動の激しさから奇人変人の扱いを受けやすいものの、山荒の巴蛇に対する感情は一途である。それを知っているからこそ、蠕虫も軽口を叩きながら恋敵を蹴落とそうとは思っていない。その信頼は山荒側も同じようなものなので、二人はある種の戦友のようなものでもある。
「私達にばかり聞いてるが、梔子も巴蛇様からインスパイアされての名前だろ」
「ああ、死人に口無しという慣用句にブラックジョークを込めての梔子君だよな」
「ブラックジョークを込めてはないよ!?」
心外という表情で声をあげる梔子に驚いたのは山荒と蠕虫である。普段から梔子は独特の感性、もとい、自虐性の強い話を笑いに持ってくるところがある。徐々に改善はされてきてはいるが、犬神という性質も関わっているのか自分自身の過去の死傷ジャンルに対しての扱いが軽々しい為、梔子という名前も花より先に死人を感じる方が自然であった。
「お前のことだから『犬神だから口どころか首から無いんだ!』みたいな掴みを得る為にその名前にしたのかと」
「そんなノリの男だと思われてるの僕……!?」
「でも前『ちゃんとくっついたから昔よりご飯食べられるようになったよ』みたいなネタに使ってなかったか?」
「……あれはノーカウントだよ……小さい子に語れる来歴じゃなかったから……暗喩で物語を彩っただけ……」
「雑学系サブカル本にありがちな『幻想的な物語に隠された残酷な真実!』みたいなタイトルがつけられる真実側が何を言ってるんだ」
山荒の容赦ない言葉に、しかし蠕虫は頷いている。此処まで信用がないものか……と頭を抱える梔子に助け舟を出したのは蜥蜴だ。蜥蜴は娼館の弟分である梔子の側に立ち、普段は甘やかしている妹を兄らしい態度で窘める。
「月、梔子に意地悪をするのは駄目だよ。梔子は月に意地悪しないだろ」
「五月蝿いのが来たな……んじゃあ、お前は梔子の名前の由来、知ってんの?」
「梔子の花言葉が『私は幸せです』だからだろう?」
「!」
自分の問いに答えがあるとは思ってなかったらしい山荒が、聞き返しにもならない感嘆符を浮かべる。蜥蜴は元々肉親からの被虐待児であり、それによる心身の傷が原因か、いくつかの認識障害を起こしている。血の繋がりがない年上女性である山荒を年の離れた妹として接するのもその一つだ。小青の中に生きる限りはそれも大した異質ではなく受け入れられているが、基本的に蜥蜴は思考が壊れた子供として扱われる。
「花言葉、覚えててくれたんだ」
「梔子がちび達に読み聞かせする時、何回か話してたから覚えた」
「嬉しいな、蜥蜴君もしかしてお花好き? お花の読み聞かせ増やしてみる?」
「んんと、花の話も好きだけど、あれ、妖精とか神様とか、そういう話が好き」
「ああ、由来の神話の方か! それなら、星座のお話も楽しめるかも」
きゃっきゃと楽しそうに話をする大男二人に、山荒は蠕虫へ視線を向け、それからふっと小さく笑った。これで妹役も降りられたら良いんだが、なんて意味を含んだ笑みは、育てた人外に似て案外世話焼きなこの娼婦の在り方なのだと蠕虫は理解している。蠕虫は山荒の視線を継いで「案外ロマンチストだよな」なんて揶揄うような言葉を向ける。
「気弱な女の子にデートドラッグ混ぜた安酒を飲ませるタイプのクズみたいな人相に似合ってないでしょ」
「そこまで言ってないよ。自虐のルッキズムが強すぎるだろ君」
現代に不適切とも言えるじゃれあいをして男娼と店長がくすくすと笑う。そんなやりとりを見て「乳繰り合ってんなぁ」と野次を飛ばす山荒が、自分と目が合うと「どうしたの?」と優しく目を細める蜥蜴を見てふと問う。
「そういや、お前はどうして蜥蜴になったんだっけ、お兄ちゃん」
「俺の名前? そっか、忘れちゃったか。でも、月がつけてくれたんだよ」
「私が?」
「ん、月が俺の昔の名前聞いて、大笑いして似合わないって」
蜥蜴の元の名、飛龍と名付けた親が何を理由に彼を虐げたかは知らない。知ったところで共感も湧かない話だ。愛の結晶だのお国の為だのお家存続だの老後の介護要員だの、どちらにしても未来に利益となるかどうかも分からない博打に手を出したのは放り出した側の雄と雌。手前の皮算用が失敗した憂さ晴らしに嬲られるガキは哀れなものだと、その昔に娼婦であった母のヒステリーに付き合わされていた山荒は思う。母はその昔美しい蛇に恋をしていたが、蛇は喪った番に今も恋を捧げていた。恋が叶わないどころか踏み躙られて嘲笑されることさえ当たり前の場所に生まれながら、ただただ愛すべき隣人として自身へ愛を語る蛇を許せなかった傲慢な女。恋した男の足手纏いになるようにと自分を売りつけた母に、山荒が向ける感情は憐れみと蔑みだ。だからこそ、普段から蜥蜴を苛めるようなそぶりをみせながら、山荒は彼を庇護下に置いている。自分以外の誰かでは彼の狂気を浴び続けることに辟易し、どこかで関係性を破綻させてしまうだろう。そうなればこの大きな子供は、相手を傷つけたことに傷ついて二度と使い物にならなくなるだろう────山荒はそう理解しているから、蜥蜴の言葉にわざと反抗的な妹の態度を見せる。
「そうだっけ。忘れたな、お前の名前なんて興味ないし」
「もう、またそういうことを言って。……でも、良いんだ。俺嬉しかった、月が俺に名前をくれた」
俺が月に名前をつけたから、その月から名前を貰えて嬉しい。薄布で隠してはいても痛々しい傷痕を刻まれた口元へ浮かぶ笑みは自由だ。それに、と、蜥蜴は言う。
「龍より蜥蜴の方が、皆と触れ合えるし仲良く出来るもの」
何処でもすぐに見つけてもらえる、なんて笑って言ってのける蜥蜴。高級料理店の長男坊に生まれながら、娼館なんぞに拾われるまで、誰一人として彼を救わなかったんだろう。救おうとすればその店の料理は食えなくなる。
(親に苛め抜かれたガキ一人、豚の死体だの燕の涎だのより価値がないのは世の常だ)
「んじゃあ、蜥蜴って名前つけた私のことも、蜥蜴って呼んでくれる此処の皆にも、感謝しなよ」
「そうだね、月、ありがとう。俺ね、此処の人達も好きだよ。巴蛇様も、月にえっちな仕事させる以外は好きだし」
「良い心掛けだよ、お兄ちゃん」
己のやり口が洗脳じみているとは知っている。他に居場所がない人間は人間扱いされただけでその相手を好いてしまう。今までが地獄だったから他を選ぶ道を思いつきさえしない子供に、そのやり口がいつか目の前の子供を死なせるだろう可能性も知っていながら、二つの性を持ち合わせた娼婦は育ての親譲りの誑しを向ける。せめて最後に恐怖を感じることすら忘れて、笑って死んでしまえるほどに目を眩ませられますようにと願いながら。
「良い子のお兄ちゃんには山荒ちゃんがご褒美やろうか?」
「えっ……やだ……月がそういう時って……その……えっちなことするからやだ……」
「嫌じゃないだろ。抱かれたらきゃんきゃん泣いて善がる癖に」
「やだ! 俺お兄ちゃんなのに! えっちなことされる! 月に乱暴される!」
流石に大きい声を出したからか、客の相手が終わって入れ替わり式に入ってきた商品達が山荒に怪訝な目を向ける。この子また若い男の子を手籠めに……というひそひそ声の、2割は誤解だが8割は普段の行いによるものなので抗議することも難しい。
「お前がでかい声出すから、私が変な目で見られてるだろうが」
「痛い! 山荒がぶった!」
「山荒お前、蜥蜴苛めも大概にしろよ。巴蛇様に叱られるぞ」
「あれ、梔子は?」
「仕事部屋に行ってる。お客さんの好みから考えるに、梔子が適任だったからな。お前もそろそろ準備しろよ、予約のお客さんいるだろ」
「ああ、確かにそろそろ準備した方が良いな。今日のお客さんは抱かれたい子だし、雰囲気づくりしとかなきゃ」
意地悪な妹の時間は終わり。スイッチを切り換えるように言葉にして、山荒はだるんと纏うだけだった着物を着つけ直す。行為で脱ぐとはいえ、緊張してるお客さんを甘やかすには、このだらしなさは警戒させてしまう。
「じゃあ、蜥蜴。私はお客さんの相手をするから、ご褒美はお預けな。……お兄ちゃんもお仕事、頑張って」
「ん、分かった。俺のお客さんは夜中に来るけど、多分裏方仕事も残ってるだろうから、手伝ってくる」
「ああ、じゃあ。買い出しの新人についてってくれないか。ぼったくられないように目利き役やってくれ」
「了解。店長はこれからパソコンするの?」
「いや、今日は手書き作業だな。夏のご挨拶の手紙、巴蛇様のお客さんはもう少しかかるだろうから、後はお香焚くだけに出来たら良いかな、と思って」
そんな言葉を交えながら商品達はそれぞれの現場に向かう。人によっては汚らわしいと呼ばれるだろう、歪な価値観で彩られた小さな居場所は、しかし彼ら彼女らの幾人かにとって居心地が良いのも事だ。誰が求めずとも罵ろうとも今日を笑うに必要なこの場所で、商品達は互いの名を手繰るように呼び合っている。