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【大妖怪スイーツ喰らい】第1話 ⑥

次回で終わり。たぶん土曜か日曜に投稿します。

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 夜になった。

 二人は若菜と一緒に早めの夕食を取ると、彼女に、山に登って狐を退治する、と伝えた。


「本当に、夜になってからで良かったんですか? 夜の山は危ないって、みんな言いますけど」

「いいんだ。私たちはこっちのほうが慣れてるし。ああいう輩が動き出すのも夜って決まってるんだ。

 それに……ねえ、今夜は良い月が出てる」


 気分が良さそうなシキを見て、若菜は安心した。これから危ない事をするというのは、何となく若菜にも分かっていたが、シキはまるで気楽な散歩に出かけるみたいだった。


「あの」


 若菜は、立ち上がって外に出ようとする二人を呼び止めた。


「せっかくだから、先に、おじいちゃんと会ってもらえませんか?」

「いいの?」

「はい。きっと、これから命を助けてもらう恩人ですから。それに、約束もして貰わないと」

「わかった」


 若菜に連れられて、二人は軋む階段を登り上の階へ上がる。

 二階の廊下は広く、横に並ぶ部屋の扉もほとんど開かれて開放的だった。一番手前の部屋はダイニングキッチンになっていて、こちらにも調理器具や食器が並んでいる。大きな窓が開いていて、下の階からよりも見晴らしが良く、月明かりに照らされる山が見えた。

 そのすぐ隣の部屋に、若菜の祖父が横たわっていた。

 ダイニングよりも少し広い和室で、家具などもほとんど無く、窓の側に敷かれた布団の上で、彼は静かに虚空を眺めていた。


「おじいちゃん、連れてきたよ。おじいちゃんのお客さん」


 若菜が二人を順番に紹介すると、祖父は顔をこちらに向けて、この不意の客人の姿を見やる。

 それからまた、天井へと視線を戻すと、ようやく口を開いた。


「はあ、わざわざこんなところまで……ありがとうございます。本当は、すぐにでも美味しいものを作って差し上げたいんですが、なにぶん歳には勝てないものでして……お若い方には分からないでしょうが、どうにも力が出なくなるのです」

「いや、いいんですよ。そのままで」


 シキは彼のほうに近づき、枕元に正座した。

 それからリンに目配せする。リンはすぐに理解し、この祖父の体を流れる生命力を読みとった。


「……シキちゃん。やっぱり、間違いない」

「そうか」


 シキはこの老人の顔をよく観察する。顔に刻まれたいくつもの皺から、彼の人生の重みを感じるようだった。


「おじいちゃん。この人たちが、おじいちゃんのこと、治してくれるって……きっと、うまくやってくれるよ」


 若菜は静かにそう言った。

 祖父はひとつ息をつくと、またゆっくり、しっかりと音を確かめるようにして話す。


「まったく、人に苦労をかけるなど、情け無い話なのですが……これで私も、少しは役に立てるということなら、ありがたいものです。こうして寝ていてばかりでは、孫にも好きに遊ばせてやれないのが残念で。

 ……父親と死に別れ、母も遠くに行ってしまってから、この子はずっと一人で私の世話をしてくれます。いろいろ、母から教わりたいこともあるでしょうに、私のために、この辺鄙な町に残ってくれています」

「おじいちゃん。気にしなくていいよ、そういうのは。

 ……ねぇ、さっきも言ったけど。

 元気になったら、この人たちにお菓子を作って欲しいんだ。いいかな?」


 祖父はふたたび振り向き、二人の珍客の姿を見た。シキもリンも、何も言わずに彼を見ていた。

 若菜は、突然現れて妖怪退治などと言い出す、この不思議な客人のことを祖父が怪しむかと思ったが、意外なことに彼は二人の姿を見ても何も言わなかった。

 祖父はただ、何かを納得したようにして頷いた。歳を重ねた者にしか分からない、直感のようなものだったかもしれない。


「こんな老人で良ければ、いくらでもお力になりましょう」


 それきり、誰も話を続けようとしないので、広い部屋にはしばらく沈黙が流れた。

 昼とは違う、虫たちの冷たい音色が、古びてひび割れた壁や地面に染み込んでいくようだった。


「じゃあ、そろそろ」

 若菜が二人を促し、立ち上がる。

 部屋をあとにする前に、シキはもう一度振り返り、独り言のように問いかけた。


「おじいさん。あんたは自分の人生に満足かい。まだ生きていたい、って、死にかけても思うか?」


 ……シキはそのまま、先を歩く二人を追って部屋から出ようとしていたが、老人が静かに返事をするのを聞いて立ち止まった。


「さあ、どうでしょう。

 私は……与えられた天命の中で、他でもない自分に誇れないことをしたつもりはありません」


 それは階段に響く足音にもほとんどかき消され、どこか外で鳴いている動物のものかと思われるほど小さな声だったが、シキにはしっかりと聞き取ることが出来た。

 シキはようやく、少しだけ顔に表情を見せて答える。


「うん。そう言うと思った……人間はこうでなきゃいけないね」




________




 シキが階下に降りると、リンと若菜が玄関先の椅子に座って待っているのが見えた。

 シキも二人の隣に腰掛ける。

 リンはリュックの中からタブレットを取り出して、人差し指でつついている。そろそろ出発には丁度良い時間だ。あまり遅くなる前に終わらせてしまいたい。


「あの……」


 若菜がふと、二人に声をかけた。


「少し、私のことを話してもいいですか?」


 リンもシキも、それに返事はしなかった。

 若菜のほうには目を向けず、それぞれ思い思いに過ごしてはいるが、今はそれが彼女への答えになった。沈黙に焦って、余計なことを言わせることもない。

 若菜は少しづつ、自分のことを話し始める。


「両親が居ないって、言いましたよね、私。

 あれは、嘘なんです。

 ……私のお母さんは、おじいちゃんの影響で料理人になって、昔はよく私と一緒にご飯を作って、いろんなことを教えてくれて……

 お父さんは私が生まれてすぐに死んじゃったけど、お母さんが居てくれるから平気だった。……でも、お母さん自身はそうじゃなかった。

 私が大きくなって、一人で自分のことができるようになると、お母さんは私を置いて出て行っちゃった。この町じゃ出来ないことをするって言って、もっと都会のほうに。

 私も、この町も、お母さんにとっては邪魔なものでしかなかったのかな。


 ……ねえ、リンさん、シキさん。

 やっぱり、この町には足りないものばっかりで、私もこのままじゃダメなんでしょうか? それとも、この町に居て、ずっと待っていればーー狐さまが、誰かが、幸せにしてくださるの?」


 それで、若菜が料理をしなかった理由も察しがついた。彼女は優しく、従順で、誰にも自分のことを話せない子だった。


「私はどうすればいいか、分からないの……怖いんです。自分で何かを決めることが。誰かにそれを教えて欲しくて、ずっと待ってたのかも、って」

「すぐに分かるよ」


 リンは荷物を詰めたリュックを背負うと、若菜のほうを向いて言った。

 シキも立ち上がって、門の方へと歩き出す。


「そろそろ行こう。

 若菜。キミは家で大人しくしてるんだよ」


「はい……

 ごめんなさい。もう出かけるって時に引き留めちゃって。

 なんだか、どうしても聞いてもらいたくなったんです。二人は本当に不思議なひと。

 ……それじゃ、気をつけてね」







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