オリジナル

[無法都市シナプス] 二兎を追う

「ファリの分も欲しいからお前を狙うよ」
「おれももう1個くらい欲張りたいのでいいですよ」
「でもやっぱりお前みたいなのを知っているけど苦手だな」
「はじめましてでそれは傷付きますねぇ」

とっチョコ争奪戦の幕間SS。パートナーにチョコを渡す前に一悶着ありましたとサ。

==お借りしました==
素敵なバレンタインデー企画内イベント
https://x.com/rakuda9100504/status/1889329258994270476
パートナーにチョコを渡す: https://nztk.jp/works/Co1dIhusEsVF5fQQE1K7
殴り合った結果相手のチョコを奪いきれなかった人①: https://nztk.jp/works/iobbtJcb143WqtMs7K29
殴り合った結果相手のチョコを奪いきれなかった人②: https://nztk.jp/works/bkfZf8g7WTHwADzM9Oe9

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物要りに破岳

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──二兎を追う。


 それは愚行でもありある種の浪漫でもある。こと、愛する者への見栄となればここで張らぬは漢の恥。


 少なくとも、あの瞬間に立ち会った"二兎"にとってはそうであったのだろう。


 事の発端は限定地区に出現した特殊な空間に希少なチョコレートが隠された事にあった。多くのカップルが行き交い、フォトスポットで愛を深めあったりスイーツに舌鼓を打つなかで、この希少なチョコレートを奪い合い"武力でも獲得可能"であった事から一部の参加者は鎬を削りあっていたのだ。

 それもパートナーが甘党であったり、あるいはこういった催しに赴く機会が少ない人物であったなら?嗚呼、普段の不殺の構えは何処へやら。修羅と化する者がいてもおかしくはなかったのだ。


「──マァ、おれがあんたに刃を向けたのは、楽しそうだったからなんですがね?」


 月明かりに逞しい角の輪郭を浮き上がらせながら風切り音をあげている釣り糸──実際には質量圧縮された特殊なワイヤー製だ──を操る竜がそう笑いを漏らした。

 かの竜こそは正月に桃源浄土に踏み入り四凶と渡り合った涅石竜が片割れ、号を"破岳"という男である。今まさに石畳を抉りながらも視線の先の影をその鋼鞭と化した釣竿で打ち据えようとしていた。


「傍迷惑な話だが、わたくしもお前の持つソレには用がある。大人しく引き渡してはくれないかな?」


 風切音と一瞬遅れて石畳が鉤針によって剥がされ、散弾のように降り注ぐのを影がそのローブごとくるりと身を躱し、着地と同時に姿勢を低くして釣り糸をいなす。影は嘗てルナドーノのスラム街で恐れられていた夜盗の立ち姿に似た冷たさと闘い慣れした隙のなさが伺えた。


「それは断る。…しっかし…あんた、思った以上ですね。おれは破岳。その甘味をもうひとつだけ強者から勝ち取りたいと思いましてね。あんたは?」

「──吸血鬼で結構だ。生憎、わたくしは弱者でも良かったんだけど、お前が来るならお前から潰すしかないようだね」

「吸血鬼?……ああ、もしかして!」

「"お前も"…大概うるさいようだ」


 辺りの電飾の灯りが一斉に落ちたのとローブが翻ったのは同時。吸血鬼と名乗った男は竜の金眼が闇に慣れるまでのほんの数秒を逃しはしない。ポツリと呟く声だけを残して次の瞬間には竜の背面へと駆け寄る。ローブがバタフライダンスのように大袈裟なはためきを見せるが、竜はそれに釣られず何もない筈の方角に向かって身を捩り釣竿を振るって牽制した。


 直後、小さな火花。それは竜の読み通りの位置に吸血鬼が忍び寄った事と、そして埒外の膂力から放たれた鞭のような一撃を何かで弾いた事を闇のなかに詳らかにしていた。竿に伴い引かれる形で釣り糸が地を打ち土煙があがって火花を揉み消す。

 踏み込む靴音。竜の鱗を何か刃状の研がれたものが滑り、膚の端を浅く斬り裂く。竜の牙の鳴る音。闇に吹き掛けられる閃光。短い舌打ち。振るわれる尾が何かを裂く音。飛び退く靴音。


「ああ、なるほど。──"鎧通し"。それもこれは…おれが嫌がる素材のそれをよくお持ちで」

「竜はお前だけじゃないし、縁があるからね。しかしそのクチ…やっぱり邪魔だな」

「灯りがお嫌いなのか……はは、益々楽しいですねあんた」

「出来ればその"喉"を潰して楽をさせて欲しいけどね」


 一合、闇のなかで打ち合ってお互いに理解したのは直撃すれば決着のつく有効な切り札をお互い持ちながらも、持たれているのを知っているがゆえに対策を即座に打たれているという事だ。


「おれがあんたの生んだ暗闇を破って直に握り潰せばあんたとて無事ではない」

「わたくしの刃が死点を貫ければお前もその姿を保てはしないでしょう」

「「──それが果たせれば間違いなく勝てる」」


 答がわかれば、あとは為すのみだ。破岳と呼ばれた竜はその肺から高温に熱せられた塵を吐き出してふぅと撒き散らし、浮き出た影を潰すように釣竿をしなるままに薙いで吸血鬼──ハンターギルドが誇るバテンカイトスの一角を潰しにかかる。

 対する吸血鬼もまた場慣れした度胸と判断力で炎と地を削りながら火花を散らす釣竿を掻い潜り吸い寄せられるように狙い澄ました一撃を見舞うべく肉薄した。

 蹴りと刃のいなし。鞭と身の躱しが紙一重に交わされ、時折腕と短刀のような暗器で斬り結ぶ。人外と人外の膂力で斬り合い火花が時折散る様はいっそ夜のパレードのパフォーマンスのようですらある。

 バネのように伸び上がって影から飛び込んできた刃が破岳の頬を確かに裂き、返す刀で竜の膂力から繰り出される蹴爪の一撃が影の中心を捉えて打ち上げる。冷たく降り注ぐ血は間違いなく吸血鬼のものであり、骨の折れる感触もまた破岳の脚指にはしっかり伝わっていた。

 勝負あったかと思いきや、視界が暗くなり始め破岳はハテと脳裏に違和感を覚える。火の吐息を絶やさぬようにした唇は縫い付けられたように閉口している。

 視界を探るなか、竜は月光の下で打ち上げられローブが捲れた先で"緑眼を視た"……のだ。視てしまった。ああ、そうかと合点がゆくのとまた訪れた暗闇の中で影がゆっくりと起き上がるのは同時だった。緑色の眼が苦痛に細められながらこちらを見ている。

 竜として山のような巨躯を持つその身をまるで何か鎖のようなものが巻きついて地面に縫い付けるような感覚を裏付けるように、肩で浅く息をしている男が言葉を紡いだ。


「……ふぅ……ッ……ふ、……《そのまま跪け》」

「……」

「……目の良さが、…仇になった…かな?」


 口が開けなくなった竜は応えるようにそのまま口角をあげて肩をすくめる。その余裕とは裏腹に脚が自然と地につけられて跪く形になった。いわゆる伝承に聞いた"魅了の魔眼"というものなのだろうと破岳は直に感じる重圧に嬉しさすら表情に浮かべた。

 対する吸血鬼はと言えば、たまったものではない。蹴爪が貫いた箇所から怖気と吐き気が湧いてくる。至極個人的な理由であったが、臍上から血が漏れ出る感覚は頭を掻きむしりたくなる不快感があった。飢えがやってくる。全てを終わらせたくなるようなあの感覚が。気を抜くと目の前の竜を引き裂いて壊してしまいたくなる。


「……ああ、クソ……***」


 身震いの後、血色のない冷たく整った形の唇から不快感を拭い隠せない古い呪詛(スラング)が漏れ出る。その言葉と共に重圧感が抜けていき、電飾もまた愉快なBGMとともに灯り始めた。

 目蓋を2、3度開閉して眼を慣らす頃にはあの影も冷たい殺気も周囲にはなく、眼を見た場所ではなくコップ1杯程度の血溜まりがすぐ喉笛を裂ける距離に残されただけである。


 ハテ惜しいことをしたな、無理にでももう一合攻めてみたら楽しめたかなと竜が鼻を鳴らすと共に時計が夜の12時を告げ催しが終わったのだと自覚する。

 チョコレートはかくしてお互いの持っていたひとつづつのみが手元に残る。


──二兎を追うものは一兎も得ず。


 そうなっては元も子もない。2つの野心ある男どもはそれぞれに傷を受けながらも宝を守り切り、鐘の音につられて一目散に愛する者の元へ戻っていったようだった。

[無法都市シナプス] 二兎を追う

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