今日は朝から冷える。
何か大事な用事があったかと思うが、こんな日は布団から出たくない。
いや、出るべきではない。もう少し眠ろう…
その時、ガラガラガラ!と玄関の戸を引く音がした。
「炎鬼ちゃんですか?もう起きてお仕事をしていると思いますよー!さあ、どうぞお入り下さい!」
戸口で助手の梅鬼ちゃんが話す声が聞こえてくる。
「どうも朝早くからすみません。しかしどうしても今日は…」
もう一つ、別の声が聞こえてくる。この声は確か新しく僕の担当についた編集者だ。
しばし雑談を交わしたあと、そのまま2つの足音はこちらへ向かって来る。これはまずい!
「炎鬼ちゃん!おはよーございまーす!お客さんですよー!」
「おはようございます先生。来週の締め切りの件ですが…」
梅鬼くんと編集者が戸の外から声をかけてくる。
梅鬼くんめ、編集者にはボクはいないと言っておくれと伝えたはずなのに。
「うん、おはよう。良い朝だね。僕はちょうど医者の方の仕事が片付くところでね。少し待ってくれるかな」
僕は秒で着替えをしながらそう返す。
原稿がどうかって?まだ全く進んでいない!
「やあ、お待たせ」
「あ、炎鬼ちゃん!お仕事おつかれさま!お茶をどうぞー」
僕が応接室に行くと、梅鬼くんがお茶を煎れてくれた。
芳醇な梅の香りがして、とても美味しい。
「先生、それで連載いただいている小説。来週が締め切りですがいかがですか?」
「炎鬼ちゃんの小説、楽しみです!」
「それはだね…あっ、梅鬼くんこのお茶美味しいね。お代わり貰っていいかい?君もどうかな」
「炎鬼先生…なんだかごまかそうとしていませんか?」
「ははっ、まさか…」
そのまさかだ。
「今度の締め切りこそ絶対守って下さいよ!この前みたいに『ウデが折れた』なんて言い訳はだめですからね!片手でも書いてもらいますから!」
流石、若くして女だてらに編集者はやっていない。
(これではどちらが鬼か分からないな……)
僕はなんだか可笑しくて笑みがこぼれる。
「おっと、学校の時間です。それではまた」
シュタッと挨拶をすると、梅鬼くんはお茶を下げて学校に出かけていく。
女学校というのも楽しそうである。次はそういう設定で僕も通ってみようかな。
梅鬼くんのようにセーラー服は似合うだろうか。
「梅鬼ちゃん、行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃい梅鬼くん」
梅鬼ちゃんはとにかく人に愛されるところがある。
編集者も梅鬼くんと話すときだけはほがらかだ。
「それで先生、とにかく…ごほっごほっ」
「おっと、大丈夫かい?こじらせたら大変だ。せっかくだからボクが診てあげよう」
「あ、ありがとうございます」
ボクは手を触れながら診断を行う。
カチャカチャカチャ…
「うん、大丈夫そうだ。ただの風邪だね。この薬を飲むと良いよ、たちどころに良くなる」
秘密だが鬼特製の秘薬である。きっとすぐに効くハズだ。
「すみません先生。お代はちゃんとお支払いしますので…」
「3日」
指を3つ数えながら僕は言う。
「え?」
「お代という事で3日だけ待ってくれ」
「~~、ズルいです先生!」
その後、なんやかんやあって2日だけ締め切りをまけてくれた。
さて、これ以上悪化させないためにも小説を書かなくては。
編集者のうしろ姿を思い出しつつ、僕は筆をとる。
今日は冷える。しかし人と関わる事は楽しい。
小説を書いたり人を治して感謝される事はなお一層だ。
締め切りを延ばしてしまった編集者と、それから何かに手を合わせてから、僕は小説を書き始めた。