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その日、ナナは鏡に向かっていた。その手には金髪のウイッグ。

髪をある程度固めた頭にそれを被り、違和感が無いかを確認していく。

服装も彼女を知る者からすれば「らしくない」と言うだろう。

…そういう本人も鏡の中の自分に感じた違和感を隠せずにいる。

ただ、それには理由があった。話はとある休日まで遡る。


―その日、ナナは買い物に出かけていた。

ほんのちょっとした癖で横目に周りを確認しながら歩いていき…

とある看板に目が留まった。

それは、行きつけのスイーツ店の新商品である。

売り文句、写真含めその内容は彼女を惹きつけるのに十分だった。

気が付けばまっすぐ歩いていた足は無意識に横に逸れていき…

‥ァン! 「うっ!?…」 「…ぃゃああ!」

瞬間、呻き声と悲鳴がナナの意識を引き戻す。

偶然彼女のすぐ後ろを歩いていた男性が、突然倒れたのである。

血の広がり方を見るに胸と腹を撃ち抜かれたらしい。

…いや、スイーツに惹かれていなければ自分の頭と胸を抜かれていたかもしれない。

そして、反射で見上げたビルの屋上にその場を去る何者かを見たのである。

(次は…)


ルル…プルルルルル…プルル‥ブッ

『‥‥』

「…久しぶりだな、ナナ。オカモトの一件以来か。」

『ナガモト?用件は?』

「以前の仕事についてだ。敵について何か…」

『あれで全部。ちょっとそれどころじゃないからまた後で』 ブチッ、ツー‥ツー‥ツー…

携帯を閉じると、男は車のエンジンを掛ける。

「…彼女も手掛かりにはならない、か。とにかく、無事ではあったらしいが…これ以上は一人で動くしかないか?」

そう呟くとレバーを動かし、アクセルを踏み込んで駐車場を出ていった。

…それを見届けたかのように、一組のヘッドライトが点灯する。


携帯を仕舞うと、ナナは歩き出した。

ナナが変装したのは、待ち合わせている相手がいるからだ。

命を狙われている可能性がある以上、万全は期するに越したことは無い。

…しかし

(やっぱり、見られてる?)

気のせいかもしれないが、さっきからふとした隙に視線を感じる。

ただ、経験則上気にすれば逆効果である。…彼女自身のものではなく、聞いた話ではあるが。

(…消えた。探られてただけか。)

何も起こらぬまま目的地に着いた彼女はとある階段を下りる。

扉を開けると、抑えめの照明に照らされて樹脂素材のカウンターが出迎えた。


「変装してくるとは聞いたが、なるほどな…」

「おかしい?」

「あんたのイメージから考えれば、の話だ。誰も今のあんたがナナだとは思わないだろうぜ…」

そう言いつつ男がパソコンに向かう。

「と、直近で関係ありそうな出来事と言ったらやっぱりヒルズバックだろうな。」

「ヒルズバック?トウザワが逮捕されたから関係…」

「全然考えられるぜ。奴はオカモトが消えることを望む人間の一人でしかない。ただ、要であった奴が逮捕された今となっては圧し続ければ粛清可能なまでには反オカモト派は弱りつつある。

…ただ、厄介なことに腕利きの暗殺者を雇いやがった。正体を知ろうとした者は3人いたが…返り討ちだ。」

「手口は?」

「基本的に長距離で2発と推測されている。外出たら確実にお陀仏だろうぜ、怖い怖い…」

そう言いつつ、パソコンの画面を見る限り彼は暗殺者を追うらしい。

「…多分、その人ね。わかった、気を付けて…」

「続報、期待してろよ?忙しかったらメールででも送るからさ」

…この界隈、肝っ玉が無いとやっていけない面もある。

「…そういえば気を付けろよ?トウザワ関係の繋がりから見て路地裏に追い込んで始末ってのも十分あり得るぜ、集団で。」

「わかった。こっちから打って出る」

そう返し、ナナはネカフェを後にする。…が

(…もう諦めた?)

やはり、来る前には感じていた視線は全く感じない。

…気付けば携帯にメールが入っている。壁際に寄り、中身を確認した。

(依頼!…『至急、救出頼む』?とにかく)

それだけ確認するとナナは路地裏に飛び込み…

…通り抜ける頃には変装を解いていつもの服に着替えていた。帽子を被ると通行人の間を縫って急行する


通行人の一人が立ち止まり、振り返る

「うぉ、急に現れた!?…ふぅんなるほど、変装か。考えたな」

そう呟き、別の路地裏に消えていく


「さて、吐くか死ぬか選べ」

複数人の刺客が囲んでいるのはかつてのナナの依頼人、『ナガモト』という男である。

(っくしょう。これからを考えても吐くのは論外、死を選んでも持ち物を探られたら同じ…)

地下駐車場を出てから尾行に気付き、何度も撒こうと試してみたが結局追い込まれて今に至る。

「車に積んでいたパソコン、調べようにもグチャグチャなんだよね。持ってるでしょ、ああしたってことはUSBを、さ?」

ナガモトは彼を睨む。が、その表情が緩んだ。

「…!貴様、自分の置かれてる状況がわかっ…!」

声を荒げた男に暖かい飛沫がかかる。そして

キィィン…

振り返ろうとする視界の端に飛び掛かる橙色の影を確認し、とっさに持っていた鉄パイプで防御に入る。

「‥っつの間に…」「依頼。」

頭上を飛び越え、ナガモトの隣にナナが着地した。そして

「…使う?」「拳銃!?お、おう」

部下から奪ったらしい拳銃が彼女からナガモトの手に渡る。

…やはりというべきか、自分の後ろに控えていた部下は全滅していた。

「こうなれば問答無用!全員でかかれ!生きて返すな」


「最後。」 「っはぁ…」 ドサッ

ナナが男から得物を抜く。これで刺客は全員倒したのだろう。

「…ふぅ、助かった。にしても誰が?」

「ヒルズバックから。」

「そうか、俺も…!!」

ァン… 「ぐふぅ!?」 「!?」

突然、彼が血を噴いて倒れた。見上げるとこちらに向く銃身らしきもの。構える影。

「…大‥丈夫だ、辛うじて‥急所は外れ…」「助けは呼んでる」「せめ…」「?」

USBが手渡される、彼が取り出した携帯にはとある住所が。

「ここに?」

頷く彼を見届け、即座にナナは走り出した。

(まずはあっちから…)

いくつかの弾が降り注ぐのを避け、路地裏に逃げる。そして地を蹴り、壁に足を掛けて…

ダッ、ダッ、ダッ…「ふっ」 バッ シュタ。

「うぅっ?うおぉぉ!?」

察知されたとはいえ、路地裏から登ってくるのは流石に予想外だったらしい。暗殺者の青年が素っ頓狂な声を上げた。が、

「っらえ!」スチャ、ダァン カッ

焦った表情を戻す間もなく構え、ライフルを撃ってきた。

…男が外したわけでは無い。ナナが上手く弾いたのである。

「やっぱ対銃戦もイケるクチか!?」ダァン、ドォン、ドォン!

青年がナナ目掛けてライフルを撃ちながら、器用に撤退準備を進めていく。

…ちらりとハンドガンが見えた。ライフルを手放した時用だろうか。

「っの場は撤退っとぉ!」 ドォンン‥

フェンスを越え、逃げられた。飛び降り際に頭狙いの一発のオマケつきである。

キィン バッ…「…くっ」

咄嗟に受け流し、後を追おうと身を乗り出すも、彼の姿は既に消えていた。

それより怪我人が先決である。下に置いてきたままの男の様子を見るべく、ナナは元の場所へ戻っていった。

…彼を無事病院まで送り届けても、例の暗殺者が狙う限り安心はまだできない。


(うぅ…うん?もう朝?)

気が付けば朝日がナナを照らす。ここ最近はどうも寝覚めが悪い。

まだ起き切っていない頭を起動させながら寝返りをうち、朝日から顔を逸らしつつ置き時計に手を伸ば…

ガシャァン! キュゥン‥「…!?」

ガラスの割れる音と吹っ飛んでいく置き時計で瞬時に意識が覚醒した。

窓の外に目を向ければ、案の定こちらを狙っていると思しき人影。

「っ…」

布団を蹴り上げて自分の姿を隠しつつ立ち上がると、素早くカーテンを閉める。

着替えを持って壁の後ろに避難すると、素早く寝間着からいつもの服に着替え始めた。

しかし

「…!」

ナナは気付いてしまった。衣服の胸部に怪しいものが。そしてそれは恐らく

「発信機…!」 ドンドンドン!

追い打ちをかけるようにドアが激しく叩かれる。


カーテンが閉められたのを確認し、撤退に移る男が居た。片付けながら青年がぼやく

「あれ、ただの集合住宅じゃねぇな。ボロい外見の癖に防弾仕様ときた。おかげで揺するくらいしか効果なかったけどよ…?」

閉められたカーテンが揺らいだかと思うと、ナナが窓から飛び出し走り去る。

一応こちらは警戒してるらしく、着地際に鋭い目線がこちらに向いた。しかし

「追い詰めたってところか。こうなれば再び見つけるのは易いぜ?」

青年が飛び降りる。

(しかし、案外早く動いたよな?迂闊に飛び出すことも無いだろうに…)


(人気のない所に出たな。これで『撒いた』と勘違いされてくれれば最高なんだが)

音を立てず忍び込み、青年は窓から外を見下ろす。

周囲を伺っている様子とはいえ、歩いている所を見るに気付かれてはいないだろう。

「…まぁ、非常に危ない所ではあったが」

遂に、ナナに気付かれず、頭上を取った。

「その年頃にしては中々だったよ。でもね…」

そう呟くと、ライフルを構える。こうなれば、もう外すことは無い。そして、この狙撃を邪魔するものすらどこにも…? いや、待て。

(どうにも違和感があると思ったらちょっと背丈が違う…ということはまさか、あれは影武者!?じゃあ)

「逆。」 「!!…」 ダッ、シュタッ

声が聞こえた瞬間、反射で窓から飛び降りる。着地して見上げるとそこには

「…ナナ、か。」 「そう呼ばれてる。」

彼女もまた静かに、目の前へと着地した。その手には大きめの刃が握られていた。

頬を手で拭い、僅かな流血があることに気付く。

そこへ追い打ちをかけるように彼女が口を開いた。

「ヲウザワ ロウジ、18歳。初依頼は僅か8カ月前…レイズカの暗殺」 「なっ…」

…こちらの素性もバレているらしい。手元の携帯を盗み見ながら言うあたり、自力で手に入れた情報ではなさそうだが…

「…もっと知りたい?依頼主の見当もついてるけど?」

口角を上げながら彼女が聞く。

…逃げられない、ということか


「まぁ、お察しの通り今回の件はトウザワ派の依頼だ。『奴らの手駒を消せ』とね。中でもあんたが一番警戒されてたって訳さ。」

流石に観念したか、ヲウザワが語り出した。

…実の所、ヲウザワの情報が届いたのは僅か数分前である。その代わり、彼に関するかなり詳しいことがナナに送られていた。

「にしても場数を踏んでる人間は違うね。才能だけであんたは殺せなかったさ、散々振り回されちまって…」

そう言うと彼はやや顔を引きつらせ、目線を下に向ける。

それでも互いに攻撃態勢に入っており、既にその場には緊張が走っていた。

…ヲウザワが構えたのを合図にナナが走り出す。

ダァン カッ キィン

接近戦に弱いわけでは無いらしい。ナナの刃を砲身を使って受け流していく。

しかし、あくまで間合いを取る目的であることは動きから見て取れる。

「…仕切り直しは、させてくれない、よな!」

対策はしていたのか、背中を斬ろうとすれば背負っていたらしいライフルに阻まれる。

ダッ スタ 「危ない危ない。そんな事だろうと思ったよ」

何も仕込んでいなかったであろう足から斬り上げることも読まれていたらしい。なにより

「…してッ!」 ドォン、ダァン、ダァン!

ライフルで狙撃できる距離を作られてしまった。武器も活用して躱していく。

…しかし、ただ接近戦に持ち込んでいたわけでは無い。

避けざまに身を翻し空いた手に握りしめているのは

「…っはぁ!?いつの間に…」 パァン、パァン

‥拳銃である。勿論、ナナが相手から盗んだものだ。

しかも、ナナは正確に敵へと撃ち込んでいく。

「っそ、伊達に語られる訳じゃねぇってか。」

銃撃で時間を稼がれ、姿を眩まされ見失う。

(…こうまで来るとナナに戦局を握られてると考えていいな。今の俺には…)

警戒しつつもヲウザワは暫く考え込む。そして彼は照準器から目を離し

「…依頼人には失敗した、と伝えておく。俺の負けだ、それじゃあな」

そう言うと、ライフル片手に薬莢を拾い集める。

ヲウザワが立ち去るまで、ナナは隠れて見届けた。

奪っていた拳銃を腰のベルトに挟むと、ナナはその場を立ち去る。


「…まぁトウザワ派の狙いも潰し、対策も実行段階に移ったことでヒルズバックを崩す手筈は封じれたはず。社内の憂いは無くなったってことだ。」

病院のベッドの上で、ナガモトはナナにそう告げた。術後の経過は良好らしい。

「そしてヲウザワ…だったか?しくじったら奴を消す準備も進めていたそうだ。奴らも非情よな…

奴らが強硬手段に出ることは予想していたが、ここまで来るとは正直予想外だった。迷惑かけたな。」

「心配しなくていい。受けた依頼にはこういうこともあったから」

「…いい機会だったってことか?俺もだな。裏を使う以上、こういうことも予測しなくちゃならん。」

「いちいち気にしてたらキリがないけど?」

それを聞き、ナガモトは面食らった表情を見せたが、暫くすると

「フッ、その通りか!ワッハッハ…痛てて…」

笑い飛ばそうとして腹を抑える。それが落ち着くと彼は紙切れを手渡した。

「まぁ、甘いのもこれで最後とするかな。受け取れ」

「いえ、お気遣いな…いいの?」

ナナの目の色が変わる。紙切れの正体は彼女の行きつけのスイーツ店の商品券。

「まぁ、あんな目に遭ってたとなれば、な。」

「今後とも御贔屓に」

「いや…」

ナガモトが言い返す間もなく彼女は病室を出ていった。暫くして入れ替わりに真面目な表情の青年が彼の元を訪れた。

彼は確か…

「ヲウザワかな?」

「はい…で、早速本題に入ります。取引をしませんか?」

狙う筒影

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